西部警察世代がとっておき「裕次郎映画」ベスト5を語る<2>

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「憎いあンちくしょう」(1962年7月公開)蔵原惟繕監督

 石原裕次郎の生涯と全出演作品を解説した評伝「石原裕次郎 昭和太陽伝」(アルファベータブックス)の著者である佐藤利明氏と、作家で同書を編集した中川右介氏の2人は、ともに1960年代生まれ。裕次郎の日活時代はリアルタイムでは知らない。「太陽にほえろ!」で裕次郎と出会い、「西部警察」に興奮した世代である。両氏が裕次郎映画ベスト5を選ぶ2回目は――。

  ◇  ◇  ◇

中川 「憎いあンちくしょう」は、石原裕次郎がデビューして7年目の作品です。結婚したので北原三枝は引退し、浅丘ルリ子が相手役になります。蔵原惟繕監督は1956年の「狂った果実」では助監督でしたが、翌年の裕次郎映画「俺は待ってるぜ」で監督デビューし、多くの裕次郎映画を作りました。62年は3月に「銀座の恋の物語」があって、7月にこの作品。最も充実していた時期では、私が選ぶ裕次郎映画のベストは「憎いあンちくしょう」です。

佐藤 「銀座の恋の物語」が終わるころ、裕次郎さんが冗談半分に「マスコミにふだん追われてる男が、東京からこつぜんと姿を消したらどういうことになるだろう」と言って、この映画の企画は始まったんです。それを脚本家の山田信夫さんがちゃんとした脚本にして、蔵原監督が見事に映像にしましたね。ドル箱である裕次郎映画は、年に7本も8本も作っていたので題材に新味がなくなり、ルーティン化していたのは事実です。そこで裕次郎さんの何げない一言をヒントに、「もう一度、裕次郎をアウトサイダーに戻そう」と考えてできたのが、この映画。

■躍動する浅丘ルリ子

中川 この映画の浅丘ルリ子、すごくないですか。きれいなんてもんじゃないし、閉塞感にもがいている役なのですが、彼女は躍動してますね。

佐藤 裕次郎さんの相手役は最初は北原三枝さん、次に芦川いづみさん。お2人もすばらしいのですが、それまでルリ子さんの相手役だった小林旭さんが美空ひばりさんと結婚したタイミングで、コンビ解消。ちょうど大人の女性としての魅力を開花させてきたルリ子さんがヒロインとなり、裕次郎映画も変わりました。

中川 物語の中での女性の比重が大きくなったような気がします。単なる「相手役」ではなく、自分の意思で動く女性になり、実際、行動します。

佐藤 可憐な少女と、成熟した大人が共存するルリ子さんと、円熟味を増してきた裕次郎さん。2人が織りなすドラマに深みが増してきたのがちょうど、この「憎いあンちくしょう」からです。

中川 「純粋愛は存在するのか」というセリフが60年代っぽい。東京から九州までクルマで行くロードムービーは、当時として珍しい。まだ東名高速もないから一般道を走る。その風景も、今となっては貴重な映像です。マスコミ業界映画でもありますね。

佐藤 ダイアローグが洒落ているし、カット割りも斬新。映画的魅力がいっぱいですね。ドキュメンタリータッチで切り取られた映像は、それまでの日活アクションの映像とは一線を画しています。人間の内面と行動を描く蔵原演出の真骨頂。映像のカタルシスがあるんですよ。

中川 乱闘シーン系のアクション映画ではなく、むしろ恋愛映画の要素が強いのですが、ほとんどのシーンがロケなせいもあり、真のアクション映画になっているのかも。

佐藤 内的な葛藤を「アクション」としてとらえた、「精神的アクション映画」なんです。日活映画は、それまでも主人公の心情や、モヤモヤした気持ちを、具体的なセリフと行動で表現していくという特徴があり、それが会社のカラーにもなっていたのですが、山田信夫さんと蔵原監督は、「男と女の葛藤」をアクションとしてとらえてこの映画を撮っています。「観念の具現化」なんです。それが映画のモチベーションになっている。

■“メタフィクション”でリアルな野次馬

 裕次郎さんのクルマをルリ子さんが追いかける話ですが、この映画のためにルリ子さんは運転免許を取得したんです。ロケでは、どこへ行っても裕次郎さんが来るというので、黒山の人だかり。

中川 裕次郎演じる主人公が「有名人」との設定で、メタフィクション的。群衆に囲まれている裕次郎を望遠で撮って、そのまま使っていますが、これは一度しか使えない手ですね。だから、野次馬がすごいリアル。

佐藤 リアルも何も、本物の野次馬ですから。ルリ子さんは本当に怖かったそうです。蔵原監督は、その空気まで映画にしてしまう。裕次郎人気、高度成長の活気をそのまま映画に取り入れてしまう。しかもほとんどがロケーション。最後の九州の大地でのラブシーンは、イザナギとイザナミの国生み神話の高天原なんです。「純粋愛」の原点を、裕次郎さんとルリ子さんで見せてしまうという。

中川 7年後に蔵原監督が、裕次郎・ルリ子で撮る「栄光への5000キロ」につながる映画でもあります。この作品もすごい映画ですね。ストーリーはあるようなないような話なんだけど。映像で見せてしまう。

佐藤 「憎いあンちくしょう」は東京から九州までのロードムービーでしたが、「栄光への5000キロ」は、ヨーロッパやアフリカまでロケーションに行って「男と女の葛藤」をフォトジェニックな映像表現で描いてしまう。この2作はつながっています。ぜひ続けて見て欲しいですね。

(つづく)

佐藤 利明(さとう・としあき)
1963年生まれ。構成作家・ラジオパーソナリティー。娯楽映画研究家。2015年文化放送特別賞受賞。著書に「クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル」(シンコーミュージック)、「植木等ショー!クレージーTV大全」(洋泉社)、「寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」(中日新聞社)など。

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年生まれ、早大第二文学部卒業。出版社「アルファベータ」代表取締役編集長を経て、歴史に新しい光をあてる独自の執筆スタイルでクラシック音楽、歌舞伎、映画など幅広い分野で執筆活動を行っている。近著は「手塚治虫とトキワ荘」(集英社)、「1968年」(朝日新書)など。

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