西部警察世代がとっておき「裕次郎映画」ベスト5を語る<4>

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「夜霧よ今夜も有難う」(1967年3月公開)江崎実生監督

 1960年代生まれで裕次郎の日活時代はリアルタイムでは知らない。そんな佐藤利明氏と中川右介氏は「太陽にほえろ!」で裕次郎と出会い、「西部警察」に興奮した世代である。両氏が選ぶ裕次郎映画ベスト5の4回目は――。

  ◇  ◇  ◇

中川 佐藤さんが「石原裕次郎 昭和太陽伝」のなかで〈裕次郎とルリ子のムード・アクション到達点〉とした名作。この「夜霧よ今夜も有難う」も歌が有名です。

佐藤 これも、歌のほうが先にできています。シングル売り上げでは、累計255万の大ヒット作品。裕次郎さんが浜口庫之助先生に依頼して作ってもらった曲ですが、浜口先生は、過去の裕次郎映画をイメージして、作ったそうなので、そのまま裕次郎映画の世界なわけです。それを江崎実生監督が映画にしました。

中川 江崎監督はどういう監督ですか。

佐藤 舛田利雄監督に師事していくつものアクション映画の現場を支えたのですが、ご本人は「ロマン派」で、アクションよりも「男女の葛藤」に興味があり、それゆえ、この映画でもヒロインの物語が充実しています。ムードアクションの「ムード」を一番意識していたのが江崎監督です。僕が最高に好きな、裕次郎さんとルリ子さんの「帰らざる波止場」(1966年)は、フランス映画「過去をもつ愛情」をモチーフにしています。裕次郎さんの歌う主題歌は、監督が作詞しているのですが、リルケの詩集からインスパイアされている。

■「1500回の昼と1500回の夜」

中川 前回も話に出ましたが、「夜霧よ今夜も有難う」は「カサブランカ」がベースにありますね。

佐藤 ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが、石原裕次郎、浅丘ルリ子になるわけです。舛田利雄監督の「赤い波止場」が、ジャン・ギャバンの「望郷」を見事に日活アクションに換骨奪胎したように、江崎監督は洋画の持つムードとロマンチシズムを取り入れ、日本映画離れした空間作りをしました。この映画はほとんどのシーンがセットでの撮影です。

中川 「1500回の昼と1500回の夜」なんていうセリフも、日本映画離れしています。

佐藤 失われた過去のために、目の前に現れた女性の「現在を受け入れられない」男の苦悩。過去と決別するための克服のドラマは切なく、まさにムードアクションの面目躍如。「カサブランカ」で「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」を歌う黒人ピアニストのドゥリー・ウィルソンにあたるのが、高品格演じるコック。2人の思い出の曲はもちろん「夜霧よ今夜も有難う」。作詞・作曲はハマクラさんこと浜口庫之助さんです。これは映画主題歌を想定してレコード発売されました。

中川 なんか、すべてが決まりすぎていて、見ているほうが、ちょっと恥ずかしいかも。

佐藤 それを言ったら、日活ムードアクションは見られません。「夜霧よ今夜も有難う」は、全編に漂うムーディーな雰囲気、ディテール豊かな人物造形、魅力的なダイアローグ、そして裕次郎ソング。娯楽映画としてのエレメントにあふれた文字通りの佳作なんです。

中川 これを見ずして裕次郎は語れないし、日活ムードアクションも語れない。公開は1967年ですから、裕次郎がデビューして10年が過ぎ、すでに石原プロモーションでも何作か作っていて、いよいよ「黒部の太陽」が動き出すという時期ですね。

■ムードアクションの創生

佐藤 ムードアクションの始まりは、「銀座の恋の物語」(62年)からです。この映画はアクションではないのですが、裕次郎さんの画家の卵と、ルリ子さんのお針子が銀座の片隅で「夢を抱いて」つましく暮らしてます。ルリ子さんは東京大空襲で家族を失って天涯孤独。時折その記憶がフラッシュバックで蘇るんです。そのトラウマを設定しつつ、婚約した2人が裕次郎さんの故郷に結婚の報告に行こうとする時に、ルリ子さんが交通事故で記憶喪失になる。

「銀座の恋の物語」では恋人たちの時間そのものを喪失してしまうのです。それをどう克服するか、という映画でした。ですので、裕次郎さんとルリ子さんの「ムードアクション」は、繰り返し「喪失した時間」を取り戻すための「現在」が描かれていくのです。それが洗練されていくうちに67年の「夜霧よ今夜も有難う」に到達したといえます。

 この映画のルリ子さんは、裕次郎さんと婚約をして、いよいよという日に行方不明になってしまいます。これは「銀座の恋の物語」のバリエーションでもありますが。失意の裕次郎さんは彼女を捜していくうちに「1500回の昼と夜」という時間が流れています。もちろん「カサブランカ」におけるドイツによるパリ陥落で、別れ別れになったボガートとバーグマンの関係のリフレインです。あえて、それを知りながら味わう。まさに国産洋画の楽しみでもあります。

中川 「国産洋画」、なるほど!

(つづく)

佐藤 利明(さとう・としあき)
1963年生まれ。構成作家・ラジオパーソナリティー。娯楽映画研究家。2015年文化放送特別賞受賞。著書に「クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル」(シンコーミュージック)、「植木等ショー!クレージーTV大全」(洋泉社)、「寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」(中日新聞社)など。

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年生まれ、早大第二文学部卒業。出版社「アルファベータ」代表取締役編集長を経て、歴史に新しい光をあてる独自の執筆スタイルでクラシック音楽、歌舞伎、映画など幅広い分野で執筆活動を行っている。近著は「手塚治虫とトキワ荘」(集英社)、「1968年」(朝日新書)など。

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