小宮孝泰さんの悲願 18年前から続ける一人芝居「線路は続くよどこまでも」をドキュメンタリー映画に
小宮孝泰さん(俳優/70歳)
コント赤信号の小宮孝泰さんは映画、ドラマとともに舞台で活躍している。現在、「これだけは」と取り組んでいるのが18年前から続けている一人舞台「線路は続くよどこまでも」のドキュメンタリー映画化だ。
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一人芝居の「線路は続くよどこまでも」は18年前から続けています。去年まで再演6回、地方でも2回やっているライフワークの舞台です。
これは朝鮮総督府鉄道の駅の助役をやっていた僕の父親が戦後、朝鮮から引き揚げてきた話です。最初、この話をやろうと思った時は朝鮮総督府鉄道の資料はほぼありませんでした。それで南満州鉄道OBの事務所を訪ねました。そこには何千冊も資料があるのですが、最初は「朝鮮総督府鉄道の資料はないかも」と言われました。でも、その一角に資料が20、30冊くらいあったんです。それを読み込んでいったら、叔母にも聞いたことがある「新安州」という駅名が出てきて、昭和20年8月16日の日付の「小宮助役と一緒に職員の考課表を燃やす」という駅長さんの手記を見つけました。
■奇跡的に親父の記録が見つかった時は70年分の風を感じた
「小宮助役」はどう考えても親父です。人は願い続ければ、かなうんだと思いましたね。70年分の風がビューッと吹いてきた気がしました。
朝鮮に、祖父が先に渡ったのが明治の終わりか大正の初めで、向こうで雑貨商を営んでいたようです。父親が生まれたのは大正9年。父親は終戦の時は新安州駅(平安南道安州市)の助役をやっていて、引き揚げてくるわけですが、「線路は続くよどこまでも」は現地の生活や人々との交流を中心に、引き揚げ体験を鄭義信さんが作・演出して僕が1人30役以上を演じている舞台です。
そんな僕の舞台を見たドキュメンタリーの監督が10年以上前から「これをいつか映画にしましょうよ」と言ってくれました。でも、スポンサーが見つからない。その間に提供していた資料をいったん戻してもらったとたんに、資金の手当てがなんとかできたというので動き出し、撮り始めています。だから何ごとも諦めちゃいけないと思いましたね。すごく強く思えば半分くらいは実現できる。半分できたらすごいですよ。多くは根負けして途中でやめちゃいますからね。
ただ、北朝鮮の話、それもドキュメンタリーだから、最終目標としては向こうに降り立つ映像がほしい。できれば兄と一緒に。でも、簡単に行けるところではないし、写真を撮ることすらダメと言われるかもしれないですからね。行ったのはいいけど……という問題もあるかもしれないし。
それでほぼ諦めていたら、それに関しても監督が外務省に相談すればいいんじゃないかと。それでもいきなりは難しいから、まず嘆願書を書いて出そうとか。さらに嘆願書を向こうの関係者に託すのはどうかという政治家の方が現れて……。実現まではまだまだハードルはありますが。


















