元NHK吉田賢アナが見通す 大の里と安青錦…初めて負け越した彼らの「第2章」
霧島が大関再昇進を果たした3月場所からおよそ1カ月。初土俵以降、初めて負け越した2人の看板力士がいま、静かに自らに向き合っている。大の里と安青錦だ。
■優勝争いの本命
大の里からいこう。3月場所は初日から3連敗、4日目から休場となった。左肩関節脱臼との診断だ。
大の里が左肩を痛めたのは昨年11月場所終盤。ただその後、彼自身は肩の不安をさほど感じていないようだった。肩は一度痛めると完治するまで時間がかかるといわれる。ゆえに万全というわけではないだろうが、それでも自らの相撲にさして影響はないというのだ。
事実、翌1月場所は中盤に3連敗したものの、終盤にかけて上位の難敵を連日破り、優勝の可能性を残して千秋楽を迎えるまでに盛り返した。その3連敗にしても、肩の状態よりも「調整が急ごしらえだったのが響いた」と場所後に振り返っている。
そして、3月場所の前には、1月と比べて順調に調整が進んだといい、「状態は悪くない」と語っていた。肩は万全ではなくても一日一番だ、今の状態だったらいける。大の里本人にはそんな感触があったようだ。私も、状態の上向いた大の里にとって、肩のけがは「誤差の範囲」だと捉え、賜杯争いの本命に挙げた。
■「けがを甘く見ていた」
ところが初日から3連敗──。いったい大の里に何が起きていたのだろうか。
どうやら、本場所に臨んでみたら、場所前の稽古時とは違って、思っていた以上に肩に痛みや不安を覚え、勢い、馬力も出なかった、ということのようだ。
やはり本場所の横綱戦は、相手はここ一番の集中力でガンとぶつかってくる。1月場所はそこそこ勝てたとはいえ、知らぬうちにダメージが蓄積していたのではないか。
初日の若隆景戦でも少し悪くしたと彼は明かした。なるほど、もろ手突きで立っているが、突き放せず、左手が相手の肩の上に少し抜けた感じになっている。このとき痛めたのだろう。その後、立て直しを図った2日目の熱海富士戦でも圧力が出ず、立ち合いで組み止められ、3日目も小兵の藤ノ川にのど輪で起こされたうえ、引かれてバッタリ。
ここで大の里は悟った。
「けがを甘く見ていた」
「自らの体にもっと向き合わないとだめだ」。
1月場所の「中盤3連敗」では休場を一切考えなかったという彼が、今度は師匠と話し合って休場に踏み切った。
■大横綱への道程
そうして大の里は軌道修正に入る。場所開催中に大阪から茨城の二所ノ関部屋に一人戻り、これまでは「ケア」といった程度だった対処を改め、「かなり本気で治療に当たった」と語る。がらんとした部屋で寝泊まりしながら、肩を痛めていても可能な基礎運動も続けた。
その後は巡業を13日までこなした。相撲を取る稽古は再開しなかったが、基礎や肩のトレーニングでより丁寧に体に向き合った。これまでにはなかった大の里の姿だ。
以降は巡業を離れ、治療に専念している。先述のように肩は癒えるのに時間を要する。今年はあるいは我慢の年になるかもしれない。しかし、体を作り直した大の里は末頼もしいだろう。いまは大横綱への一里塚に違いない。
■「どうしていいか分からない」
一方、安青錦はどうしたのか。初日から勝ちと負けが交互に続き、中盤には3連敗。綱とり場所を負け越しで終えた。
ただ、全く相撲になっていないわけではなかった。立ち合いから頭をつけて前へ出たり、低く組んだりする持ち前の形は出ていた。ところが、先場所までなら、そのまま押し出したり寄ったりしたところを勝ちきれない。何がいけなかったのだろうか。
今月に入って、場所中に左足小指を骨折していたことが判明した。なるほど、けがの影響はあっただろう。
しかし、師匠の安治川親方(元関脇安美錦)が指摘するのは「心」だ。安青錦には、従来とは全く違う重圧がかかっていたという。


















