アラフォーからの大逆襲に…「筋肉増強剤」「違反バット」のあらぬ疑いをかけられた
2007年、38歳で本塁打王と打点王の2冠を手にした。
プロの世界では下降線となる年齢。というか、現役を続けられる選手すら多くはいない。にもかかわらず、タイトルを2つも取ったものだから、あらぬ疑いをかけられた。
「筋肉増強剤を打っているから、あんなに打てるに違いない」
当時は球団がホーム球場の使用球を決めていた。楽天はディフェンス野球の方針を掲げていたため、いわゆる“飛ばないボール”を選択。それなのに、俺が40歳手前にバンバン本塁打を打ち出したことが腑に落ちなかったのだろう。
実際、何度か尿検査をした記憶がある。何もやっていないから当然、何も出なかったが。
「違反バットを使っているんじゃないか」と言われたこともあった。試合前に審判がいぶかしげな表情をしながら近づいてきて、「山﨑、ちょっとバット見せてくれ」と言われ、細工がないかチェックされたことも。
あのとき、もし“飛ぶボール”だったら、村上宗隆(現ホワイトソックス)と肩を並べていたかもしれないなあ(ヤクルト時代の22年、シーズン56本塁打を放ち、王貞治氏のシーズン55本塁打の日本選手最多記録を更新、三冠王を獲得)。
43本塁打を打った代わりに、三振も激増。06年の116から142にまで増えた。ただ、野村監督の「三振、大いに結構」というお墨付きをもらっていたおかげで、三振に対する恐怖心は消えていた。
一方、真っすぐの速球を空振りして凡退すると、野村監督は1カ月に1回くらいのペースでこう言ってきた。
「そろそろお迎え来たなあ」
そんな皮肉を言われても、野村のオヤジが好きだった。
「監督を男にしたい」
「監督を胴上げしたい」
選手がよく自分の仕える監督に向かって言うこの言葉。俺はこの言葉が大嫌いだった。「自分のため、家族のため、ファンのためなら分かるけど、監督のためって何なんだ」と思っていた。
でも、野村監督に会って初めて「
この記事は有料会員限定です。
日刊ゲンダイDIGITALに有料会員登録すると続きをお読みいただけます。
(残り408文字/全文1,258文字)
【ログインしていただくと記事中の広告が非表示になります】
今なら!メルマガ会員(無料)に登録すると有料会員限定記事が3本お読みいただけます。


















