斎藤貴男
著者のコラム一覧
斎藤貴男ジャーナリスト

1958年生まれ。早大卒。イギリス・バーミンガム大学で修士号(国際学MA)取得。日本工業新聞、プレジデント、週刊文春の記者などを経てフリーに。「戦争経済大国」(河出書房新社)、「日本が壊れていく」(ちくま新書)、「『明治礼賛』の正体」(岩波ブックレット)など著書多数。

5Gスマホ戦争の盲点 基地局新設で電磁波過敏症の症状が…

公開日: 更新日:

体調悪化の原因は新設の「基地局」だった

 大通りに面した民家の駐車場に、先端にアンテナのついた、高さ7~8メートルほどの鉄塔が、天に向かって伸びている。基地局という。スマホや携帯電話と交換局とを結ぶ、電波の中継施設だ。

 群馬県某市――。

 付近に住む主婦のA子さん(61)が語る。

「去年の10月20日ごろに発見しました。少し前から頭痛や息苦しさ、胸の圧迫感など体調がすごく悪かったのですが、あれが原因だったようです」

 というのにはワケがある。学校教員だった彼女は、めまいに悩まされた末、定年を待たずに退職した。パソコン仕事がつらかったためだが、代わりに始めたパート先で電子レンジを使ったところ、「ヤリの束が頭にザーッと降ってきたみたいな、強烈な頭痛に襲われて。以来、パソコンやスマホはもちろん、テレビの画面さえ見られません。家の照明は部屋の端に移しました。外でも電線の下がダメなので、ヘルメットと電磁波シールドが欠かせないんです」。

 いわゆる電磁波過敏症(EHS)の症状が一気に噴き出した。それでも一軒家でひっそり暮らしていれば、一定の体調を保てもしたが、新しい基地局は直線距離で約130メートルの地点にあった。

 A子さんの夫は現役の保健所医師である。苦しむ妻を見かねた彼は駐車場の地主に相談。すると翌々日、基地局の主の側から電話がかかってきた。

 楽天モバイル。三木谷浩史氏率いる楽天グループの移動体通信部門だ。

 A子さんの話。

「専門家のSと名乗る男性が、その距離なら電磁波の影響はないはずだと断じました。それでも基地局のせいだと言うなら、医師の診断書を出せ、と」

■楽天モバイルは回答拒否

 実はA子さん夫妻と楽天との交渉は、半年以上も前のこの時点から、一歩も進んでいない。診断書はかかりつけの医師に、「楽天の嫌がらせや総務省の圧力が怖い」という、奇妙な理由で断られた。当初は好意的だった地主さんの態度が一変した。

 だが、このままでは生活できなくなる。次回で述べるように、電磁波による健康被害は過敏症でない人にも起こり得る。A子さんは三木谷氏やモバイルの社長宛てに、合理的な配慮を求める内容証明を送った。基地局から300メートルの範囲で撤去を求める署名活動を行い、この2月に169筆、3月には13筆を集めた。他に友人・知人らの272筆(2月)と40筆(3月)も。診断書は夫が医師として書いてくれた。

 だが一切が顧みられない。文書による回答さえ拒否されたままでいる。

日本は基地局の電波の安全基準が極端に甘い

 デジタル改革関連法案が、12日成立した。このままだと私たちは近い将来、わずかな利便性と引き換えに、監視社会の囚人となる。政府と巨大IT資本に支配されるだけの客体におとしめられていく。

 と同時に、電磁波過敏症(EHS)の人だけでなく、多くの人々の健康に悪影響があるのではないか。デジタル化で電波があふれ、高速で大容量の5G(第5世代移動通信システム)が広がれば何もない方が不思議だ。

 環境NGO「電磁波問題市民研究会」の大久保貞利事務局長が語る。

■諸外国では重大な環境問題

「電磁波はヨーロッパなど諸外国では重大な環境問題です。EUによる2007年の公式意識調査では、健康への影響を心配している人が76%を占めました。実際、その4年前にはフランスの国立応用科学研究所が、基地局周辺に住む530人を調べて、300メートル以内だと体調不良を訴える人が多いとする疫学研究を発表しているんです」

 特にEHSを対象にした調査ではない。それでも吐き気や食欲不振、視覚障害、かんしゃく、うつ症状、性欲減退、頭痛、睡眠障害など、多様な症状が報告された。これとは別に、精子への影響や自閉症、白血病との関連を示す研究もあるそうだ。

 あるいは、インドの最高裁が2017年に基地局の撤去を命じる判決を出している。他国に先駆けて5Gの商用化を実現したスイスも、昨年2月にその基地局の全面一時停止を決めた。安全基準策定のための調査が必要というのが理由だ。

「野放しなのは米国と日本くらいなもの。日本は基地局の電波を法的に規制する電波防護指針値が極端に甘い。諸外国とは比べものになりません」

 電磁波の問題は難しい。どれほど重い症状があり、疫学的には因果関係があると考えられても、少なくとも現状では病理学的に証明できないからだ。

 たばこの受動喫煙にも酷似した特徴だが、扱われ方は対極にある。日本では今や、たばこが絶対悪なのに、スマホは神様なのが興味深い。うかつに電磁波被害を語ると“電波系”の烙印を押されかねないゆえんである。

 とまれ、WHO(世界保健機関)は05年に公表した「ファクトシート」でEHSの用語を用い、彼らの日常生活に支障をきたす症状群を「確かに存在する」と認めている。電磁波との因果関係に「科学的根拠はない」とも述べているが、それは現状での話。

 時代は移りゆく。幾多の公害病も、当初は存在しないことにされていた。

楽天モバイルには誠実に対応しなければならない道理がある

 電磁波による健康被害や恐れを理由に基地局の撤去や建設中止を求める訴訟は、これまで幾度も提起されているが、原告側が勝訴した例はない。この国の司法は政府の意向に従うだけだから、と環境NGO「電磁波問題市民研究会」の大久保貞利事務局長は語る。

「法廷よりも、住民パワーを結集した運動で闘うべき。そうやって基地局の被害を食い止めた事例が、全国にはすでに約280件もあります」

 電磁波過敏症(EHS)に苦しむ住民には、2016年に施行された障害者差別解消法も味方になってくれるはずだ。役所や事業者は、障害のある人に「合理的な配慮」をすることと定めた法律で、障害者権利条約が提示した「障害の社会モデル」を基調としている。

 そこで内閣府の障害者施策担当官にEHSの場合を確認すると、「障害および社会的障壁により、継続的に日常生活または社会生活に相当な制限を受ける状態にあれば、化学物質過敏症などと同様に、法の対象となり得ます」。とすれば、たとえば冒頭で紹介した群馬県のA子さんに対しても、基地局を建てた楽天モバイルは誠実に対応しなければならない道理だが、現実はどうか。

 中国のIT大手・テンセントと資本提携したりソフトバンクの機密を元社員から入手したカドで1000億円の損害賠償請求訴訟を起こされたりと、近頃やたら騒々しい楽天。参入して間もない携帯電話事業でも、この夏の全国回線エリアカバー率目標96%を急ぐあまり、基地局設置をめぐるトラブルが続出している。

■公共性の自覚が欠落

 創業オーナーの三木谷浩史氏が、4月の「日刊工業新聞」で、「1日100局前後を開通させている」旨を語っていた。身勝手きわまりない成長戦略の、A子さんは犠牲者なのだ。

 異様な会社である。取材を申し込もうと代表番号に電話したが、「フリーからの連絡は取り次がない」由。(日刊ゲンダイの)社員デスクにかけ直してもらい、ようやく広報と電話が通じたのも束の間、その後も門前払いの連続でメールでの説得を重ねさせられた揚げ句、「ご依頼の件、諸所の都合により大変恐縮ですが辞退とさせていただけますと幸いです」で強制終了。公共性の自覚が決定的に欠落した、いかにも政治権力に近い政商企業だった。

 あらゆる申し入れを無視され続けているA子さんは8日、楽天モバイルの山田善久社長に4度目の内容証明郵便を送付した。22日までの回答を求めているのだが――。

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