職場にいるのは身分確保のため? 必要とされていない現実を直視したくない人たち
頑張っているふりだけで、生産的なことを何もしない人
その人たちはゆっくり時間をかけ、ありとあらゆる無関係なことをして一日を過ごす──ニュースを読み、ソーシャルメディアに投稿して、ブログに書き込みをし、チャットをする。あるいはやることをつくり出す。必要もないのに文書保管の仕組みを変えたりする。
現代産業における最重要人物の1人、アメリカ人のフレデリック・ウィンズロー・テイラー(1856~1915年)は時間動作研究の先駆者で、彼の仕事をもとにヘンリー・フォードはコンベヤーベルトを導入した。テイラーは、ゆっくりと仕事をすることで一日中働かずにすませる傾向について述べている。ほかにも、もっと目に見えにくいかたちで仕事を引きのばす人もいる。たとえば、すぐに作業が終わってしまうことが客にばれないように、その場で靴を修理しない靴直し職人などだ。来週までかかると言っておけば、料金を高くしたり休みを取ったりできる。
仕事が退屈なため、生産的なことを何もせずにすまそうとする人もいる。頑張っているふりだけして、一日を楽に過ごす。出勤はいやがらないが、8時間まるまる働くのは望まない。重要なのは何かをしているように見せかけることであり、立派な仕事をしているふりをして正しい発言をすることだ。
フランスの経済学者で精神分析学者のコリンヌ・マイエールが用いたのもこの戦略だった。マイエールが2004年の著書『怠惰よこんにちは』で語っているのは、一日何もせずに紙を1枚握って廊下を歩きまわるだけでやり過ごした自身の経験である。
だが、どうしてこんなことをしたい人がいるのだろう? なぜ実際の仕事に取り組まずにほかのことをするのか。
怠けているから? 給料をもらい続けたいから? 仕事がきつすぎるから? 役に立つ何かをしていると思っていたいから? これは意識的? それとも無意識?
ポールセンと面会したあと、無意味な仕事について学んだことをルンド大学の食堂で振り返っていると、こうした疑問が次々と湧いてきた。そして、よりふさわしい言葉が必要だと感じた。
さまざまな種類の無意味な仕事をすべてカバーする言葉。怠け、偽装、仕事の引きのばしだけでなく、グレーバーのブルシット・ジョブもカバーする包括的な言葉。
表向きは立派だが、少し詳しく調べてみたり、ビールを何杯か引っかけた品質管理部長から話を聞いたりすると、たちまち無意味だとわかる職を言い表す言葉である。