50年来の付き合いだった河野洋平さんを偲ぶ 浅利慶太さんと2人で「総理にする会」を
自民党に復党した河野さんは、ライバルの加藤紘一さんとの確執があったものの、順調に要職を歴任して総裁に選出された。その後、社会党の村山富市氏を総理とする連立政権をつくって世間をアッといわせる。当時、私は浅利さんとたった2人だけの「河野さんを総理にする会」をつくっていた。
1995年7月、参議院選が行われた。その直前、河野さんの奥さんが急逝してしまう。私と浅利さんは、「選挙応援には行かず奥さんのそばにいてあげたほうがいい」という考えだったので、本人に伝えようとしたが、なぜか、連絡がつかなかった。
あの時、自民党が大勝していれば「河野総理」が実現したはずだったが……。
河野さんのつてで1985年、北朝鮮へ単身で一月行ったことも懐かしい思い出だ。
私は2020年、河野さんにインタビューしている。当時、安倍総理は「改憲は立党当時からの党是だ」といっているがあれは間違い。自分が総裁の時、後藤田正晴さんに頼んで綱領の手直しをした。
「憲法については広く議論をするとだけ入れた。そこで綱領が変わったんです」


















