著者のコラム一覧
六川亨サッカージャーナリスト

1957年、東京都板橋区出まれ。法政大卒。月刊サッカーダイジェストの記者を振り出しに隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任。01年にサカダイを離れ、CALCIO2002の編集長を兼務しながら浦和レッズマガジンなど数誌を創刊。W杯、EURO、南米選手権、五輪などを精力的に取材。10年3月にフリーのサッカージャーナリストに。携帯サイト「超ワールドサッカー」でメルマガやコラムを長年執筆。主な著書に「Jリーグ・レジェンド」シリーズ、「Jリーグ・スーパーゴールズ」、「サッカー戦術ルネッサンス」、「ストライカー特別講座」(東邦出版)など。

23年W杯招致に照準 女子サッカー.WEリーグの狙いと課題

公開日: 更新日:

■厳しい船出となった日本女子サッカーの黎明期

 それもそうだろう。イングランドもイタリアも主力選手の年齢は24~29歳くらいで仕事をしながら、あるいは主婦の立場でサッカーを続けている大人たち。対する日本の主力は、東京のFCジンナンや清水第八クラブの高校生が中心で中学生が混じることもあった。

 日本女子サッカー連盟が設立されたのが、国際大会の2年前の1979年。同年にJFA傘下の連盟として認められ、第5種登録も開始された。これに伴って東京・巣鴨にある三菱養和会のグラウンドで女子のリーグ戦も行われていた。

 もっとも「女子」ということでボールは小学生が使う4号球だったし、ピッチもゴールもジュニアサイズ。8人制で行われていた。さらに胸のトラップにはローカルルールが採用され、空中に浮いたボールを両手で落としてもいいことになっていた。

 そういう環境でプレーしていた選手がフルコートで5号球を使い、大人の選手と相対したらどうなるか? 自陣ゴール前でのクリアはハーフラインまで届かず、ひたすら防戦一方。サイドチェンジは途中で失速して相手ボールになる。結果は、火を見るよりも明らかだった。

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