エースとして日本卓球界を牽引してきた水谷隼選手に感慨を抱いた

公開日: 更新日:

天野篤(医師)

 今回の東京五輪では日本選手が記録的な数の金メダルを獲得しましたが、中でも「金メダルを取れて本当によかった」と思わせてくれたのが、卓球水谷隼選手(32)です。伊藤美誠選手(20)とペアを組んだ新種目の混合ダブルスで、これまで歯が立たなかった中国を相手に競り勝ち喜びを爆発させている姿を見て、「これまでの功労が報われたな」と感慨深い気持ちになりました。

 水谷選手は、15歳の頃から日本代表に選出され、ずっとエースとして期待され続けてきました。これまで4大会連続で出場している五輪では、2016年のリオ大会で銅メダル(男子シングルス)と銀メダル(男子団体)を獲得しましたが、ついに金メダルに手が届いたのです。

 それまでのエースだった松下浩二選手(53)からバトンを受け、15年近く日本卓球界を引っ張ってきた間には、数多くの困難があったでしょう。肩や腰の故障、目の変調、ストレスによる身体異常といったトラブルをいくつも抱え、若い頃とは変化してくる体調をコントロールすることは想像以上に苦労したと思います。また、トップ選手の宿命で、妬みから周囲に足を引っ張られたり、さまざまな誘惑もたくさんあったはずです。数年前には自身の緩みから女性問題の報道もありました。

 一方で、ラケットの反発力を高めるために補助剤をラバーに塗っている選手が世界で数多くいる事実に対して問題提起し、選手生命を懸ける覚悟で卓球界のグレーゾーンに一石を投じています。

 そうした数々の逆境をはねのけて、これまでの功労が報われる勲章を手にしました。水谷選手自身の努力があったのはもちろんですが、何よりも「好きだから続けられた」のだろうと思うのです。

「混合初代王者」の称号は第二の人生の大きな勲章に

 立場は違いますが、私もこんな経験をしています。12年に当時の天皇陛下の冠動脈バイパス手術に携わらせていただいた後、手術以外にもさまざまな異業種の講演会に招かれたり、指導を依頼されたりするなど、周囲からは大変ありがたい評価を得ることになりました。しかし、医療の世界では、「彼は特別に引き上げられて特別な手術をした人間だ。目指すべき目標にはならない」などと言われるなど“浮いた存在”として見られるようになってしまったのです。しかし、私はそれまで以上に自分を律し、患者さんのための手術をやり続けました。

 目のトラブルに見舞われたこともありましたが、コンタクトレンズや手術で使用する器材に工夫を重ね、手術のレベルを維持することができました。それもこれも、好きだからこそ続けられたのです。

 水谷選手は今回の東京五輪を最後に卓球界を離れての引退を明言しています。どうやら進行性の眼疾患が影響しているようですが、金メダル獲得というゴールが大きな意味を持ったのは疑いないところかと思います。しかも、混合ダブルスという新種目の「初代王者」という称号はこれからの第二の人生にとっては得がたい名刺の肩書になるでしょう。

 一般的には卓球界で指導者として後進の育成を担ったり、功労者として卓球界を盛り上げる役割での活躍を期待するところですが、彼自身が後進の台頭や実力を磨くための国際交流の充実を最も感じていて、やり遂げた思いが強いのでしょう。「五輪金メダリスト」「初代王者」という立場はつきまといますが、うまく付き合って新しい挑戦につなげて欲しいと思います。

 引退表明した水谷選手の心境は「王者中国に一点の穴をあけることができた」くらいの思いだと推察しますが、託された後輩たちは、中国に「日本は水谷抜きでも侮れない」と警戒されるくらいの実績をあげるため、切磋琢磨して次回以降も五輪金メダルを目指して欲しい。期待しています。

▽天野篤(あまの・あつし) 順天堂大学医学部特任教授兼理事・順天堂医院前院長。1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒。これまでに執刀した手術は8000例を超え、98%以上の成功率を収めている。2012年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで上皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    西武フロントの致命的欠陥…功労者の引き留めベタ、補強すら空振り連発の悲惨

    西武フロントの致命的欠陥…功労者の引き留めベタ、補強すら空振り連発の悲惨

  2. 2
    西武の単独最下位は誰のせい? 若手野手の惨状に「松井監督は二軍で誰を育てた?」の痛烈批判

    西武の単独最下位は誰のせい? 若手野手の惨状に「松井監督は二軍で誰を育てた?」の痛烈批判

  3. 3
    巨人・小林誠司の先制決勝適時打を生んだ「死に物狂い」なLINE自撮り動画

    巨人・小林誠司の先制決勝適時打を生んだ「死に物狂い」なLINE自撮り動画

  4. 4
    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

  5. 5
    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

    花巻東時代は食トレに苦戦、残した弁当を放置してカビだらけにしたことも

  1. 6
    日本ハムは過去2年より期待できそう 新外国人レイエスが見せつけた恐るべきパワー

    日本ハムは過去2年より期待できそう 新外国人レイエスが見せつけた恐るべきパワー

  2. 7
    大谷はアスリートだった両親の元、「ずいぶんしっかりした顔つき」で産まれてきた

    大谷はアスリートだった両親の元、「ずいぶんしっかりした顔つき」で産まれてきた

  3. 8
    【中日編】立浪監督が「秘密兵器」に挙げた意外な名前

    【中日編】立浪監督が「秘密兵器」に挙げた意外な名前

  4. 9
    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

    WBCの試合後でも大谷が227キロのバーベルを軽々と持ち上げる姿にヌートバーは舌を巻いた

  5. 10
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗