「〇か×か」西本幸雄監督が起こした信任投票事件の内幕とその顛末
前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。(毎週木曜配信)
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「当然だけど、俺は○を書いて投票したよ」
5位に沈んだ1966年の秋季キャンプ直前、前代未聞の騒動となった西本幸雄監督の「信任投票事件」について森本が語る。
「でも、あの信任投票をせざるを得なかった西本さんの気持ちもわかるよ。あの頃、古株の選手は酷かった」
当時のベテラン選手に「反西本派」がいたという。
衆樹資宏(慶大-毎日-阪急-南海)、戸口天従(法大-阪急)などがその急先鋒だった。
「4、5人そういうのがいたかな。俺がプロに入って21、22歳ぐらいの時だった。チーム事情なんかわからない頃に、その連中がね、キャンプの宿舎で俺たちが寝ている深夜、酔っ払って帰ってきて、『西本~! 出てこい!』と怒鳴るんだ。まあろくでもなかったね」


















