師弟関係の"誤情報"も…「俺はあのコーチが大嫌いだった。技術指導をしてもらったこともない」
前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。
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立大で同期だった巨人のルーキー土井正三が活躍した1965年。入団3年目の森本潔は、ようやく一軍に上げられた。初出場・初打席は8月7日の東京球場。秋元祐作投手の代打で、東京オリオンズ先発の牧勝彦投手と対戦する。
「手も足も出なかった。空振りじゃなくて、見逃し三振だったのを覚えている」
結局、この年は、7試合に出場するが無安打に終わった。
「正直、いつクビになるのかという不安もあった」
あるプロ野球OBの回想録では、「森本が頭角を現すきっかけとなったのは、66年のオープン戦。中日主催の地方球場の試合で打ちまくって西本幸雄監督に認められた」とあるが、森本は全く記憶になく、記録を調べても当該の試合には出場していないので、おそらく記憶違いと思われる。


















