南海・野村克也監督が「もし森本がいたら…」と述懐、パの歴史を変えた9.23造反事件
前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。(毎週木曜掲載)
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スターティングメンバーに起用された選手が出場せず、試合途中で帰宅してしまう──1973年のペナントレースの終盤、阪急ブレーブスに前代未聞の事件が起きる。
西本幸雄監督の「信任投票」では、迷わず○を書いて投票し、「西本道場」の優等生だった森本が恩師に反旗を翻したのである。森本の行為は、野球協約の「契約不履行」と見なされ、球団から無期限謹慎処分のペナルティが科された。当時を振り返り、森本が語る。
「俺も天狗になっていたのかなあ。今考えると、ありえないことだからね。いくら何でもまずかったと思う。でも、後悔はしていないのよ。これもまた俺の人生」


















