関西球場でのヤジに辟易し、中日移籍を大歓迎「少なくとも俺はニコニコしていたかもしれん」
前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。(毎週木曜掲載)
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「俺の野球人生で一番輝かしい思い出」と森本が語った、1976年11月2日、初めて阪急が巨人を破って日本シリーズ優勝を決めた起死回生の逆転ホームラン。森本の運命はこれを境に急展開することになる。
森本が巨人の左腕・ライトから打ったホームランだが、監督の上田利治は後年になって、「ライトが変化球を投げるときのグラブの動きの癖は、事前にわかっていてミーティングで話していた」と繰り返し語っている。しかし、森本は記憶にないという。
「そんなことを言われていたのかなあ。スライダーが入ってくるところを打ったのは覚えている」
おそらくいつものように自らの「読み」と「本能」で打ったのだろう。


















