「怪人」と呼ばれた伝説の審判員は“元プロボクサー” 超オーバーアクションでテレビ、CMにも引っ張りだこ
先輩審判員によると、「よくストライクとボールを間違えていた」そうである。けれども、ファーム時代から派手なジェスチャーで判定を下していた。「目立ちたいんだ」が口癖で周囲の目を気にする様子はなく、一軍に上がると“露崎おどり”が受けた。
跳んだりはねたりの「空手ジャッジ」「ボクシングジャッジ」が人気となり、試合後にはファンからサイン攻め。副業がどっと舞い込み、大企業のCMやテレビのクイズ番組に出演と“超売れっ子”になった。それまでの審判員のイメージを大きく変えたのだが、眉をひそめる周囲からは「変人」「怪人」と呼ばれ、仲間のやっかみを生み、孤高の存在となった。
当時の審判部長だった川瀬渉の著書によると、露崎は「頭脳明晰で文学青年。英語は堪能」。将来は、「詩人か考古学者になるのが夢と言っていた」。なんと「京都大を受験した」とも。そして「球界の財産といっていい人物だった」と書いたが、一部の関係者しか実像は分かっていなかったようである。
74年のオールスター第1戦で球審。阪急の高井保弘が代打逆転サヨナラ本塁打を放った試合を裁いた。20秒ルール(ボール判定)を初めて適用し、インサイドプロテクターを最初に着けたと伝えられている。



















