「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳

公開日: 更新日:

 物語の主人公は、人口60人ほどの巣穴のような村に住む、アクセルとベアトリスという老夫婦。この村では立ち込める奇妙な霧のせいか、過去に起きたことを多くの人がすぐ忘れてしまう。優れた治療の技を持つ赤毛の女がいなくなったこと、行方不明になって捜し回った少女を発見してもそれがなかったことのようになってしまったことなど、アクセルはふと思い出しては、老いた自分自身の勘違いかもしれないと確信が持てないままでいた。そんなある日、アクセルは以前妻から息子と会うために旅に出ようと誘われていたことを思い出す。自分たちがなぜこの村にいるのか、なぜ息子がそばにはいないのか、そして息子がいるはずの村がどこだったのかさえ、あやふやなままふたりは長年暮らした村を後にする。果たしてふたりは無事に息子と再会できるのか――。

「日の名残り」でイギリス文学の最高峰ブッカー賞に輝いた著者による10年ぶりの新作長編。アーサー王神話やファンタジーの要素を盛り込んだ意欲作で、記憶に立ち込めた霧を取り去ろうと試みる夫婦の愛と痛みの物語が示唆する世界観が深い。(早川書房 1900円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    3年連続MVP大谷翔平は来季も打者に軸足…ドジャースが“投手大谷”を制限せざるを得ない複雑事情

  2. 2

    自民党・麻生副総裁が高市経済政策に「異論」で波紋…“財政省の守護神”が政権の時限爆弾になる恐れ

  3. 3

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  4. 4

    最後はホテル勤務…事故死の奥大介さん“辛酸”舐めた引退後

  5. 5

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  1. 6

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  2. 7

    名古屋主婦殺人事件「最大のナゾ」 26年間に5000人も聴取…なぜ愛知県警は容疑者の女を疑わなかったのか

  3. 8

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 9

    高市内閣支持率8割に立憲民主党は打つ手なし…いま解散されたら木っ端みじん

  5. 10

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘