坂崎重盛
著者のコラム一覧
坂崎重盛編集者、エッセイスト

1942年、東京都生まれ。編集者、エッセイスト。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。著書に、「東京煮込み横丁評判記」「『絵のある』岩波文庫への招待」「粋人粋筆探訪」など多数。BSジャパンの「酒とつまみと男と女」に出演し、不良隠居として人気に。

「酒と戦後派」埴谷雄高著

公開日: 更新日:

 埴谷雄高といえば、昭和40年から50年代にかけての学生や若者にとっては吉本隆明とともに思想、文学界のカリスマ的存在だった。

 本棚に埴谷の著作物、たとえば未来社からの「濠渠と風車」「振子と坩堝」などといった難解なタイトルの本が一冊でも並んでいないと肩身の狭い思いがしたものである。まともに読めもしなかったのに。

 その埴谷の“人物随想集”と副題された本書「酒と戦後派」。当然、酒友や酒席を共にした作家のエピソードがたくさん出てくる。

 たとえば、三島由紀夫が近くに座っての酒の席での話。

「――俺は血が見たくて仕方がないんだ。本当だぜ」と、いたずらっこのような顔をして言ったのが引き金になったのか、その酒の席は荒れはじめたという。

 なんか怖いなぁ。

 また、こんな記述も。「椎名麟三と梅崎春生、という新宿マーケット街における2人組酔っぱらい」に野間宏と埴谷、それに全身小説家の井上光晴が加わったというのだから強力である。

 それにしても、この戦後派の作家、文士の酒の飲みっぷりは、どこか凄まじく、たとえば石川淳のように酔えば必ず相手に「馬鹿野郎」と怒鳴りつける輩がいるかと思えば、それをこらしめようと動き出す猛者もいる。

 どの日本酒がうまいだの、焼酎は芋か麦か米? といったことも、まったく関係ない。文学や思想を熱く胸に抱く人間が集まり、アルコールを痛飲して心を癒やし、また鼓舞する。歯に衣着せぬ作品批評、あるいは相手の人格の全否定!

 今日なら、仮に呼ばれたとしても敬遠したいタフな飲み会である。

 そういえば、30年以上前になるが、ぼくは深夜の新宿2丁目で、先の井上光晴と埴谷が飲んでいる店に居合わせたことがある。なにか2つの黒々とした影のような物体がうずくまっていた。(講談社 1700円+税)





【連載】舌調べの本棚

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    日本球界今オフを襲うポスティング地獄…“予備軍”もゴロゴロ、空洞化ますます加速

    日本球界今オフを襲うポスティング地獄…“予備軍”もゴロゴロ、空洞化ますます加速

  2. 2
    佐々木朗希とのただならぬ関係…陰で糸引く「黒幕」は大船渡高時代の韓国遠征まで追いかけた

    佐々木朗希とのただならぬ関係…陰で糸引く「黒幕」は大船渡高時代の韓国遠征まで追いかけた

  3. 3
    ついに国民年金65歳まで納付案が…政府がヒタ隠す「年金積立金250兆円」という都合の悪い真実

    ついに国民年金65歳まで納付案が…政府がヒタ隠す「年金積立金250兆円」という都合の悪い真実

  4. 4
    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

  5. 5
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

  1. 6
    「白鵬の弟子」押し付け合い勃発! あちこちから聞こえる師匠譲りの不穏な評判

    「白鵬の弟子」押し付け合い勃発! あちこちから聞こえる師匠譲りの不穏な評判

  2. 7
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  3. 8
    キムタク主演ドラマがまさかの1ケタ…“考察”慣れしすぎて王道スポ根が楽しめない?

    キムタク主演ドラマがまさかの1ケタ…“考察”慣れしすぎて王道スポ根が楽しめない?

  4. 9
    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

  5. 10
    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異

    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異