「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(全201巻)秋本治作
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(全201巻)秋本治作
オタクという言葉は1980年代の産。1976年にはまだなかった。しかし小学生だった私はなんとなく自分がそのカテゴリーに入ることを当時から知っていた。そしてなんとなく社会のレールから外れ、なんとなく浮きつつあることも。
しかし隠れキリシタンのようなそんなオタク族の生態が、むしろ日盛りの道のど真ん中で生き生きと描かれたのがこの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、通称こち亀である。
主人公の両津勘吉はプラモデルをよくし、可動式手脚を持つ米兵フィギュアをめでているという設定だった。さらに単行本で200巻を超えるスーパーロング連載のうちに次々と設定が足されていき、数十どころか数百を超える趣味を増やしていく。そしてその趣味を自在に楽しむオタクとして巨大キャラとなっていく。
サブキャラの中川圭一は財閥中川グループの御曹司で金は使い放題。あらゆる才能を持つ。その金と才能でサーファーのように多くの趣味を乗りこなす。
秋本麗子は金髪のフランス人ハーフというところからすでにして立っているが、五輪の射撃競技で金メダルを取っているという設定だ。ほかあらゆるスポーツに通じ、料理もプロ級だ。
交通課の本田は白バイに乗ると人が変わり、上司も先輩もなく呼び捨てのべらんめえというキャラ。しかし甘い食べものが大好きで、少女漫画や料理も好き、エレキギターをプロ並みに弾く。
こうして数人を紹介するだけで紙面を尽くさねばならぬ設定の多さ。作者の秋本治が40年かけて執着し、創り上げたキャラたちである。
ここまで書いて気づいた。作品内のオタクキャラたちを上回るオタクが作者の秋本治なのである。キャラたちをグランドキャニオンの岩々のように屹立させ、作中世界観を築くことに執念を燃やし、40年ものあいだ詳細にペンで描き続けた。これをオタクといわずしてなんと呼ぶ。
この作品は作者のすべてだ。
子どもの頃の夢を実現したくてジャンプの誌面を使った。好きなように世界を広げ、細密画を描き、色を塗っていった。
そして多くのこち亀オタクをつくり、やがて読者の子世代、孫世代にまでオタクを再生産し続け、この日本にこち亀オタクワールドを現出させたのである。
(集英社 484円~)