この夏を涼しく!怪奇小説特集
「営繕かるかや怪異譚 その肆」小野不由美著
地震、雷、火事、親父……。怖いものはいろいろあるが、一番怖いのは“得体の知れないもの”だ。そういうものと出会う恐怖を描いた小説が、この夏を涼しくしてくれるかもしれない。
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「営繕かるかや怪異譚 その肆」小野不由美著
拓史は出勤途中にスマホが落ちているのに気づいた。メッセージ着信の表示が出ている。周囲に落とし主らしき人はいない。交番に行く時間はないので、そのまま通り過ぎた。帰りに見たら、スマホはまだある。着信音がしたので拾い、スマホを拾ったことを相手に告げた。歪んだ声の男に「コソ泥」と言われ、むっとして電柱にスマホをもたせかけて去った。
帰宅途中に電車の中で見かけた作業服の男が近づいてきた。「コソ泥」という声に振り返ったが誰もいない。その声はスマホから聞こえた声と同じだった。つけられている、と感じてマンションに戻る。──あのスマホは何かの罠だったのか? 突然、チャイムが鳴った。「だれ?」。ドアスコープからのぞいたが、誰もいない。(「忍びよる」)
営繕業者が出会った7つの怪異譚。 (KADOKAWA 2090円)
「告白怪談そこにいる。」川奈まり子著
「告白怪談そこにいる。」川奈まり子著
「僕」は小学校入学時に、デジタル式の目覚まし時計を買ってもらった。午前6時にセットするが、しょっちゅう時計を見る。なぜかその時はいつも時刻がゾロ目になっている。5時55分55秒とか、6時6分6秒とか。
30歳のとき、父が仕事中に倒れるイメージが浮かんだ。父が救急車で搬送されたと聞いた夜、暗闇に白い数字が浮かんだ。「200411250505」。その日は11月24日だったが、父は明朝5時5分に死ぬのだなと悟り、病院に駆けつけて、父の死に目に間に合った。
やがて、母の死も予期してしまった。ついには、僕自身の死期も……。(「ぞろ目のカウントダウン」)
ほかに、入ってはいけないといわれる「八幡の藪知らず」に入ってしまって出られなくなった話など、全国各地から収集した“怪”の体験談32話。 (河出書房新社 1793円)
「ポルターガイストの囚人」上條一輝著
「ポルターガイストの囚人」上條一輝著
売れない俳優の東城彰吾は食いつめて、祖父母が建てた家に戻ってきた。近所の不動産屋の老人が訪ねてきて、2階に女の姿が見えたと言う。老人が帰った後、背後に視線を感じて振り返ると、部屋の隅で大きなこけしがこちらを見ていた。6日目の夜、急に電気が消え、上階で何かが床を転がる音がした。ごとん。ごとん。こけしが落ちてきて、彰吾のつま先にぶつかって止まった。微笑を浮かべて彰吾を見ている。
介護施設にいる父に尋ねると、「鏡の中の女」と言って、父は眠りに落ちた。
マネジャーの半田の発案で、動画を撮ってYouTubeにアップすることになった。調査に来た宣伝担当者が、音がしたので2階に上がると誰もいない。廊下に置かれたキャスター付きの姿見が、ゆっくりと動き始めた。
超常現象が続く古家を舞台にしたホラー小説。 (東京創元社 1870円)
「廃集落のY家」遠坂八重著
「廃集落のY家」遠坂八重著
オカルト好きの小佐野菜乃は「令徳大学オカルト同好会」に入会した。合宿でF山麓にやってきたのに、部員は肝試しに出かけようとしない。菜乃は腹を立てた蓬莱倫也と泉秋久に誘われて「怪異研究会」を立ち上げた。その後、蓬莱が消息不明になる。
ある日、泉が、X(旧Twitter)の動画に蓬莱らしい人物が写っていると連絡してきた。Xでは、その人物が首の角度を30度に傾けたまま背を向けて立っているが、絶対に目を合わせてはいけないと書かれている。菜乃と泉はその動画が撮影されたと思われる場所に出かけて、蓬莱らしき人影を見た。泉はその人物がまがまがしい黒いもやをまとっていたと怯える。やがて菜乃に差出人不明のメールが届いた。18年前の行方不明者の情報提供願いだ。
オカルト好きの大学生が奇妙な事件に巻き込まれるホラー小説。 (角川春樹事務所 1870円)