坂崎重盛
著者のコラム一覧
坂崎重盛編集者、エッセイスト

1942年、東京都生まれ。編集者、エッセイスト。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。著書に、「東京煮込み横丁評判記」「『絵のある』岩波文庫への招待」「粋人粋筆探訪」など多数。BSジャパンの「酒とつまみと男と女」に出演し、不良隠居として人気に。

「味覚小説名作集」大河内昭爾/選 

公開日: 更新日:

食うということの本能の悲しさ、不気味さが伝わってくる

 人間、しょせん色気と食い気といわれてきた。色欲も業が深いが食欲もそれに劣らない。この「味覚小説名作集」を通読して改めてそう痛感した。

 近代文学の名作として知られる芥川龍之介の「芋粥」、岡本かの子「鮨」、上司小剣「鱧の皮」のほかに矢田津世子「茶粥の記」、水上勉「寺泊」、円地文子「苺」、耕治人「料理」、庄野潤三「佐渡」の8編が収録されている。

 飲み食い関連の文章を読むのが好きなので、すでに「鱧の皮」「茶粥の記」「鮨」「芋粥」は何度も読んでいる。

 今回初めて読んだ「寺泊」「苺」「料理」「佐渡」が4作4様、それぞれ素材も料理の手並みも異なり、不気味だったり、女性のエロスを感じさせられたり、食の怖さを味わわされたり、食をめぐるさりげない身辺のできごとが語られたりする。

「寺泊」に登場する食の主役はタラバガニだ。寺泊という地元漁村でたまたま出くわした光景――ただ、やみくもにカニを食う群衆の描写なのだが、そのなかの1組の男女が……カニというもののイメージなのか、食うということの本能の悲しさ、不気味さが伝わってくる。

「苺」では、長年付き合ってきた女友達の食の好みがガラッと変わったことを男が知る。これが物語の伏線となる。苺がなによりの大好物だった彼女が、苺を見向きもしなくなっている。なぜか?――女性の心と生理が謎の解答となる。

「料理」は、ちょっとした恐怖小説だ。存分にもてなされる食の恐怖――これは芥川の芋粥に通ずる怖さ。これでもか! という量の料理が相手を圧倒し、むしばんでいく。

 それに対し「佐渡」は梅干し、鰹節、そして豆腐といったなじみ深い食材から入るエッセー風小説のため、ゆったりとした気分で読み進められる。編者自身、食の雑誌を主宰してきた文芸評論家だけに、選びぬかれ構成された作品メニューを存分に味わいたい。(光文社 740円+税)



【連載】舌調べの本棚

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    日本球界今オフを襲うポスティング地獄…“予備軍”もゴロゴロ、空洞化ますます加速

    日本球界今オフを襲うポスティング地獄…“予備軍”もゴロゴロ、空洞化ますます加速

  2. 2
    佐々木朗希とのただならぬ関係…陰で糸引く「黒幕」は大船渡高時代の韓国遠征まで追いかけた

    佐々木朗希とのただならぬ関係…陰で糸引く「黒幕」は大船渡高時代の韓国遠征まで追いかけた

  3. 3
    ついに国民年金65歳まで納付案が…政府がヒタ隠す「年金積立金250兆円」という都合の悪い真実

    ついに国民年金65歳まで納付案が…政府がヒタ隠す「年金積立金250兆円」という都合の悪い真実

  4. 4
    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

  5. 5
    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

    裏金自民に大逆風! 衆院3補選の「天王山」島根1区で岸田首相の“サクラ”動員演説は大失敗

  1. 6
    「白鵬の弟子」押し付け合い勃発! あちこちから聞こえる師匠譲りの不穏な評判

    「白鵬の弟子」押し付け合い勃発! あちこちから聞こえる師匠譲りの不穏な評判

  2. 7
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  3. 8
    キムタク主演ドラマがまさかの1ケタ…“考察”慣れしすぎて王道スポ根が楽しめない?

    キムタク主演ドラマがまさかの1ケタ…“考察”慣れしすぎて王道スポ根が楽しめない?

  4. 9
    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

    全国紙が全国紙でなくなる?「新聞販売店」倒産急増の背景…発行部数の激減、人手不足も一因に

  5. 10
    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異

    大谷は徹底した個人主義、思考回路も米国人…ゴジラ松井とはメンタリティーに決定的差異