• facebook  
  • twitter  
  • Facebook Messenger

「私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝」中原一歩著

 小林カツ代は家庭料理研究家として1万ものレシピを残し、2014年に亡くなった。「常識破りの肉じゃが」「わが道を行くワンタン」「庶民のシューマイ」……。簡単、時短でも決して手抜きではないオリジナル料理の数々。あの人気番組「料理の鉄人」に出演、ジャガイモ対決で中華の鉄人・陳建一を破り、家庭料理の凄さを世間に認めさせた。晩年のカツ代と親交のあった著者が、その変化に富んだ生涯を生き生きと描いた評伝である。

 小林カツ代は、1937年、食の町・大阪ミナミの商家の「こいさん」として生まれた。料理上手な母は、奉公人を含む大人数の食卓を切り盛りしていた。食べることが好きな父は、幼い娘に外食を経験させた。いわば「食の英才教育」を受けて育ったカツ代だが、天性の舌に目覚めるのは、ずっと後のこと。

 6歳年上の姉と違って母の手伝いはせず、もっぱら食べる専門。短大卒業後、20歳で結婚し、初めて台所に立った。味噌汁の作り方が分からず、新婚早々、大失敗。母に電話で教えてもらいながら、少しずつ料理を覚えていった。母が言う通りに、きちんと手順を踏めば、必ずおいしい料理ができる。「そうか、料理って、化学なんだ」。俄然やる気を出したカツ代は、テレビ番組への投稿をきっかけに、主婦として料理コーナーに出演。好評を博し、料理研究家の道を歩み始める。

 天真爛漫な「こいさん」から新米専業主婦へ、2人の子どもを育てながら働く料理研究家へと、カツ代は変わり続ける。プロとして強い自負を持ち、「主婦」の肩書で呼ばれることを嫌った。小林カツ代の生涯は、大きな時代の流れに乗りながら、「女性の自立」を体現していく歴史でもあった。

(文藝春秋 1500円+税)

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のBOOKS記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    関西圏から勧誘 花咲徳栄の岩井監督に聞く「選手集め」

  2. 2

    逸材ゴロゴロ 夏の甲子園“契約金1億円”ドラ1候補7人の名前

  3. 3

    12年を経て…リア・ディゾンが明かした「黒船」の重圧と今

  4. 4

    秋田・金足農の中泉監督が語る 球児の体力と練習の今昔

  5. 5

    国会議員は7割支持でも…安倍首相を襲う「地方票」の乱

  6. 6

    異例の事態 「翁長知事死去」海外メディア続々報道のワケ

  7. 7

    広島・丸と西武・浅村めぐり…巨・神でFA補強争奪戦が勃発

  8. 8

    スパイ容疑で拘束 北朝鮮に通った39歳日本人男性の行状

  9. 9

    スピード婚と長すぎる春 結婚生活が長持ちするのはどっち

  10. 10

    安倍3選確実といわれる総裁選で国民に問われていること

もっと見る