「108年の幸せな孤独」中野健太著

公開日: 更新日:

 わずか100年ほど前のことだが、貧しく、未来に希望を見いだせない多くの日本人が、移民として海を渡った。当時、キューバに新天地を求めた農業移民は1200人。その中に20歳の島津三一郎もいた。1907年、新潟の農家の三男に生まれた島津は、88年間をキューバで生き抜き、一度も祖国の地を踏むことなく、昨年7月に108歳で人生の幕を閉じた。生涯独身だった。

 著者はテレビのドキュメンタリー番組制作に携わる映像ジャーナリスト。キューバに魅せられ、何度か通う中で、100歳を目前にした島津に出会う。

 長い間スイカやキュウリをつくり、89歳でリタイアした島津は、ハバナの南に浮かぶ島の老人ホームで暮らしていた。年金は日本円で月1000円程度だが、生活は社会が保障する。木陰でシガロ(たばこ)をくゆらす島津は幸せそうだった。

 彼はどんな人生を歩んだのか。著者が取材を重ねるうちに、日系移民の、さらにキューバという国そのものの激動の歴史が浮かび上がってくる。第2次世界大戦中、島津たち日系移民は強制収容された。戦後、アメリカへの輸出向けスイカづくりが軌道に乗り始めたころ、キューバ革命が起こる。革命政権は移民に対して寛容だったが、革命前と違って個人営業は許されず、スイカ農家は最大の顧客アメリカを失った。国内向けの安価なスイカしかつくれなくなり、一獲千金の夢は破れた。

 それでも踏ん張り、移民たちは国民の平等と共生を目指した社会の一員として根を下ろした。島津の終の住処となった老人ホームは、温かさに満ちていた。キューバ移民に光を当てたこのノンフィクション作品は、医療や介護のあり方を考える上でも示唆に富んでいる。(KADOKAWA 1700円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    いとうあさこだけでない「育ちの良さ」が隠せない50代女芸人…“実家が太い”“隠れ高学歴”の強者も

  2. 2

    元横綱白鵬「相撲協会退職報道」で露呈したスカスカの人望…現状は《同じ一門からもかばう声なし》

  3. 3

    ドジャース大谷の3年連続本塁打王に超強力ライバル…ベテラン2人が「新規大型契約」狙い目の色変える

  4. 4

    松本潤はやっぱり“持っている男”だった! 主演の7月期TBS日曜劇場はヒットの条件が勢揃い、「どうする家康」の汚名返上へ

  5. 5

    いとうあさこ「過去の不倫」告白もダメージゼロ! 本物の“お嬢様”が持つ愛され要素

  1. 6

    阪神藤川采配の奇々怪々…「佐藤輝明を三塁に固定、ヘルナンデスを外野で使うのが普通やろ」

  2. 7

    【スクープ!】元横綱白鵬が相撲協会に「退職届」を突きつけていた! あまりの自己チューぶりに「洗脳説」まで浮上

  3. 8

    備蓄米で不当に儲けている? ネットにあふれる「コメ高騰は卸売業者が元凶」ウワサの真偽

  4. 9

    「白鵬米」プロデュースめぐる告発文書を入手!暴行に土下座強要、金銭まで要求の一部始終

  5. 10

    国民民主党ブームはジ・エンドか…玉木雄一郎代表「備蓄米は動物の餌」発言に批判殺到