低賃金と重労働の末にやっと手にする「苦い銭」

公開日: 更新日:

 優れた作家がそうであるように、優れた映画監督にも「文体」がある。とりわけドキュメンタリー映画作家には。雲南省の精神病院に自ら入って撮影した前作「収容病棟」から足かけ3年。国内では作品の大半が公開禁止という中国のドキュメンタリスト王兵の新作が来週末封切りの「苦い銭」である。

 冒頭、雲南省の自宅を離れて都会へ出稼ぎに出る少女とその家族がいる。少女は15歳だが、役所の手違いがなければ本当は17歳のはずという。行き先は住民の8割までが田舎から出てきた出稼ぎ労働者という浙江省の湖州。その街の縫製工場で彼女は働く。文字通りのスエットショップ(労働搾取工場)だ。時給は20元(340円)かそこら。

 そんな彼女がミシンを走らせる手元を見ながら、見覚えがある、と思った。東京の下町や郊外にある激安の子供服店にあるのと同じ商品なのだ。「グローバル経済」という抽象的な言葉が、ふいに具体的な姿で現れる一瞬。この街の男女はいずれも低賃金と重労働に生きる。やっとの思いで彼らが手にする「苦銭」(中国語の原題)の結実があの激安子供服なのだ。

 とっさに思い出したのが山田泰司著「3億人の中国農民工 食いつめものブルース」(日経BP社 1800円+税)である。上海在住のノンフィクション作家が安徽省出身の「農民工」たちと付き合いながら目撃した貧困と格差の中国底辺社会の実相。「日経ビジネスオンライン」の連載が大幅改稿で一冊になった。その文体には王兵の苦い冷静ともまた違う、独特の剛直と哀切が込もっている。
<生井英考>


【連載】シネマの本棚

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高画質は必要ない? 民放各社が撤退検討と報じられた「BS4K」はなぜ失敗したのですか?

  2. 2

    「二股不倫」永野芽郁の“第3の男”か? 坂口健太郎の業界評…さらに「別の男」が出てくる可能性は

  3. 3

    気温50度の灼熱キャンプなのに「寒い」…中村武志さんは「死ぬかもしれん」と言った 

  4. 4

    U18日本代表がパナマ撃破で決勝進出!やっぱり横浜高はスゴかった

  5. 5

    坂口健太郎に永野芽郁との「過去の交際」発覚…“好感度俳優”イメージダウン避けられず

  1. 6

    大手家電量販店の創業家がトップに君臨する功罪…ビック、ノジマに続きヨドバシも下請法違反

  2. 7

    板野友美からますます遠ざかる“野球選手の良妻”イメージ…豪華自宅とセレブ妻ぶり猛烈アピール

  3. 8

    日本ハム・レイエスはどれだけ打っても「メジャー復帰絶望」のワケ

  4. 9

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  5. 10

    自民党総裁選の“本命”小泉進次郎氏に「不出馬説」が流れた背景