「いま、〈平和〉を本気で語るには 命・自由・歴史」ノーマ・フィールド著

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 先頃亡くなったドナルド・キーンは、第2次世界大戦以後、世界中のあちこちで多くの人が戦争で死んだが、日本人は1人も戦死していない、このことを日本人は忘れてはならないと言っていた。そこに日本国憲法第9条があることは間違いない。しかし健忘症にかかってしまったのか、戦争へと踏み込んでいこうとする現政権の改憲に同調しようとする声が少なからずある。こうした時代に〈平和〉を本気で語ることはできるのか?

 こう問いかけるのは、アメリカの日本学者、ノーマ・フィールドである。この問いは反語的であり、最初に、なぜ語ることが難しいのかを説いていく。

「名も顔もない企業国家体制下で、選挙、憲法、公民権、報道の自由、司法の独立などなど、建前としては維持されているようで、実質的に市民は無力感に追い込まれている」

 まさに日本の現状を言い当てているようだが、これは2015年、トランプが大統領に当選する前年におけるアメリカのことを指している。

 本書は15年に札幌の教会で行われた著者の講演録である。

 著者はこうした状態を政治思想史家ウォーリンの概念を借りて「逆さまの全体主義」と呼んでいる。ナチスのように民衆を扇動していくのではなく、しらけた民衆の代わりに政府が熱く先鋭化していく。そうした状況ではただ不安が蔓延し、他の選択肢が見つからぬまま、ひたすら日々の暮らしに追われていく。そして気がつくと逆さまでない全体主義の世の中になっている――。

 もしかすると、いま〈平和〉を語ることはドン・キホーテが風車に向かうようなものなのかも知れない。しかし「絶望」の反対は希望ではなく、「抵抗」だと語る著者。そこからは陳腐であろうと地道に語り続けていくことの切実さが伝わってくる。 <狸>

(岩波書店 520円+税)

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