「THE LAST GIRL」ナディア・ムラド、ジェナ・クラジェスキ著、吉井智津訳

公開日: 更新日:

 イラク北部からトルコ東南部にかけて住むクルド人に一定の信者を持つヤズィディ教は、キリスト教やイスラム教と同じ一神教だが、輪廻転生を信じたり、異端とされるクジャク天使を信仰することから、周囲のイスラム教徒から「悪魔崇拝教徒」と恐れられていた。そのため16世紀から数世紀にわたり72回もの迫害を受けてきた。

 著者のナディアは、イラク北部のコーチョという小さな村のヤズィディ教徒の家に生まれた。貧しいながらも家族と幸せに暮らしていたナディアだが、2014年、21歳のときにイスラム過激派組織ISISがコーチョを襲撃した。村にいた80人の高齢女性と数百人の男性は即座に処刑され、その中にはナディアの母と6人の兄たちがいた。

 ナディアを含む若い女性は性奴隷としてISISの拠点モスルに拉致される。ヤズィディ教徒にとっては73回目のファルマン(大虐殺)だ。ナディアはISISの指導者にレイプされ改宗を迫られ、以後戦闘員の手から手へと売り渡される。それでも隙を見て逃げ出すことに成功したナディアは、幾多の困難を乗り越えクルド自治区にいる兄の元へたどり着く。その後国連親善大使として人身売買被害者の救済を訴え、18年にノーベル平和賞を受賞した。

 ISISにとらわれていた彼女が思っていたことは、自分を犯した者だけでなく、すべての警備兵、性奴隷所有者、そして彼らを町に受け入れたすべてのイラク人全員に、全世界が見ている前で法の裁きを受けさせることだった。そう、彼女の怒りは直接的な加害者のみならず、彼らの暴挙を見て見ぬふりをした人たちへも向けられる。遠い異国の地にいる我々も彼女のこの言葉を受け止めなければならない。このような体験をする女性は、彼女を最後にするためにも。 〈狸〉

(東洋館出版社 1800円+税)


最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    大谷騒動は「ウソつき水原一平におんぶに抱っこ」の自業自得…単なる元通訳の不祥事では済まされない

    大谷騒動は「ウソつき水原一平におんぶに抱っこ」の自業自得…単なる元通訳の不祥事では済まされない

  2. 2
    狙われた大谷の金銭感覚…「カネは両親が管理」「溜まっていく一方」だった無頓着ぶり

    狙われた大谷の金銭感覚…「カネは両親が管理」「溜まっていく一方」だった無頓着ぶり

  3. 3
    米国での評価は急転直下…「ユニコーン」から一夜にして「ピート・ローズ」になった背景

    米国での評価は急転直下…「ユニコーン」から一夜にして「ピート・ローズ」になった背景

  4. 4
    中学校勤務の女性支援員がオキニ生徒と“不適切な車内プレー”…自ら学校長に申告の仰天ア然

    中学校勤務の女性支援員がオキニ生徒と“不適切な車内プレー”…自ら学校長に申告の仰天ア然

  5. 5
    初場所は照ノ富士、3月場所は尊富士 勢い増す伊勢ケ浜部屋勢を支える「地盤」と「稽古」

    初場所は照ノ富士、3月場所は尊富士 勢い増す伊勢ケ浜部屋勢を支える「地盤」と「稽古」

  1. 6
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 7
    水原一平元通訳は稀代の「人たらし」だが…恩知らずで非情な一面も

    水原一平元通訳は稀代の「人たらし」だが…恩知らずで非情な一面も

  3. 8
    「チーム大谷」は機能不全だった…米メディア指摘「仰天すべき無能さ」がド正論すぎるワケ

    「チーム大谷」は機能不全だった…米メディア指摘「仰天すべき無能さ」がド正論すぎるワケ

  4. 9
    「ただの通訳」水原一平氏がたった3年で約7億円も借金してまでバクチできたワケ

    「ただの通訳」水原一平氏がたった3年で約7億円も借金してまでバクチできたワケ

  5. 10
    大谷翔平は“女子アナ妻”にしておけば…イチローや松坂大輔の“理にかなった結婚”

    大谷翔平は“女子アナ妻”にしておけば…イチローや松坂大輔の“理にかなった結婚”