「大店の暖簾下り酒一番」千野隆司著

公開日: 更新日:

 江戸時代の文化の中心は京都や大坂で、その上方から江戸へ下ってきたものは「下りもの」として珍重されていた。対して「下らないもの」は、価値のないものということになる。その下りものの典型が「下り酒」で、ことに灘や伏見から樽廻船で送られてくる酒は極上品で、江戸の飲んべえたちにとっては垂涎の的だったという。本書は、その下り酒をめぐる物語だ。

【あらすじ】霊岸島の新川河岸道沿いにある武蔵屋は下り酒問屋の老舗。毎年、正月に行われる新酒番船は摂津の西宮から江戸に送られる樽廻船の順番を競うもので、どこの酒造の酒が一番に江戸に着くかは江戸の酒好きの格好の話題だった。

 今年の一番は灘の新酒「灘桜」で、武蔵屋は独占的に仕入れることに成功。4月1日の売り出しが待たれていたが、灘桜1000樽を積んで江戸へ向かっているはずの樽廻船が浦賀沖で消息を絶ってしまう。すでに3月下旬で売り出し日まで間がない。そこで手代の卯吉は様子を探るために関係者の話を聞きに回ることに。卯吉は武蔵屋の先代・市郎兵衛の三男だが、妾腹のため現当主の長男・市太郎と先代のおかみ・お丹にひどく疎まれ肩身の狭い思いをしていた。とはいえ、市太郎は遊び好きで商売に身を入れず、次男の次郎兵衛も独立したものの実家に頼り切りで当てにならない。仕方なく、卯吉が乗り出すことになったのだが、樽廻船は一向に見つからず、もし売り出し日に間に合わなければ、武蔵屋は甚大な損害を受けることに。調べていくと、その背後には大きな陰謀が渦巻いていた……。

【読みどころ】四面楚歌の境遇にもかかわらず先代の意を継いで店の危機に立ち向かう卯吉。現在シリーズ3作。後続の2作でも卯吉が活躍する。 <石>

(講談社 640円+税)

【連載】酒をめぐる物語

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  2. 2

    岡山天音「ひらやすみ」ロス続出!もう1人の人気者《樹木希林さん最後の愛弟子》も大ブレーク

  3. 3

    西武にとってエース今井達也の放出は「厄介払い」の側面も…損得勘定的にも今オフが“売り時”だった

  4. 4

    ドジャース大谷翔平32歳「今がピーク説」の不穏…来季以降は一気に下降線をたどる可能性も

  5. 5

    (5)「名古屋-品川」開通は2040年代半ば…「大阪延伸」は今世紀絶望

  1. 6

    「好感度ギャップ」がアダとなった永野芽郁、国分太一、チョコプラ松尾…“いい人”ほど何かを起こした時は激しく燃え上がる

  2. 7

    衆院定数削減の効果はせいぜい50億円…「そんなことより」自民党の内部留保210億円の衝撃!

  3. 8

    『サン!シャイン』終了は佐々木恭子アナにも責任が…フジ騒動で株を上げた大ベテランが“不評”のワケ

  4. 9

    ウエルシアとツルハが経営統合…親会社イオンの狙いは“グローバルドラッグチェーン”の実現か?

  5. 10

    今井達也の希望をクリアするメジャー5球団の名前は…大谷ドジャースは真っ先に“対象外"