「罪の轍」 奥田英朗著

公開日: 更新日:

 東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年の夏。宇野寛治は、故郷の北海道礼文島で事件を起こし、逃れるように東京にたどり着いた。寛治は中学を出て札幌に集団就職したが、何度か窃盗事件を起こして少年刑務所入り。出所後、礼文島に戻って昆布漁師の見習をしていたが、脳に軽度の記憶障害があり、周囲から「莫迦」呼ばわりされていた。彼は全てを捨てて、東京での未来にかけた。

 その夏、荒川区の南千住署管内で強盗殺人事件が発生した。被害者はかつて時計商を営んでいた金持ちの独居老人。捜査線上に、北国なまりのある青年が浮かんだ。

 この事件が解決しないうちに、今度は浅草で男児誘拐事件が起きる。犯人から身代金を要求する電話が入るが、警察は受け渡し現場で犯人を取り逃がし、身代金を奪われてしまう。なんとしても子どもを取り戻せ。警視庁捜査1課の刑事・落合昌夫は、海千山千の先輩刑事たちとともに寝食を忘れて捜査に当たった。この事件の背後にも、北国なまりの青年の影が見え隠れしていた。

 オリンピックに沸く昭和の東京と寂れゆく北の島を結んで展開する社会派犯罪ミステリー。電話の逆探知、犯人の電話を録音したソノシート、嘘発見器など、当時の最新手法を動員して執念の捜査が進む。その過程で容疑者の青年の悲惨な過去が明らかに……。

 緻密な心理描写とリアリティーで、昭和がにおう作品世界へと引き込む。

(新潮社 1800円+税)

【連載】ベストセラー読みどころ

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  3. 3

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 4

    阪神・大山を“逆シリーズ男”にしたソフトバンクの秘策…開幕前から丸裸、ようやく初安打・初打点

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    創価学会OB長井秀和氏が明かす芸能人チーム「芸術部」の正体…政界、芸能界で蠢く売れっ子たち

  2. 7

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  3. 8

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  4. 9

    大死闘のワールドシリーズにかすむ日本シリーズ「見る気しない」の声続出…日米頂上決戦めぐる彼我の差

  5. 10

    ソフトB柳田悠岐が明かす阪神・佐藤輝明の“最大の武器”…「自分より全然上ですよ」