「見えない絶景 深海底巨大地形」藤岡換太郎著
昨年5月、人類が到達した最深点の記録が更新された。アメリカの海底探検家がそれまでより12メートル深い1万928メートル地点の潜行に成功したのだ。地上の最高峰エベレストがすっぽり入る計算だ。この地球最深点のあるマリアナ海溝には1万メートル級の溝が延々2550キロにわたる。海底を走る山脈、海嶺は、高さ3000メートル、幅1000キロほどの山々が連なり、その総延長は8万キロ、地球2周分に当たる。なんとも壮大な眺めに思えるが、この景色を目にすることはできない。本書は架空の潜水艇で海底を世界一周し、見えないはずの絶景を再現しようという試みだ。
著者は6500メートルまで潜ることのできる日本の有人潜水調査船「しんかい6500」に51回も乗船した地球科学の研究者。架空とはいえ、著者の経験を踏まえたリアルな海底世界一周旅行となっている。
出発地は岩手県宮古港。最初に遭遇するのは日本海溝。これは1年間に10センチ移動する太平洋プレートが海底に沈み込んでできたもの。東へ進むと巨大な深海の台地、シャツキー海台が見えてくる。総面積は日本列島の総面積(37万平方キロ)を超える46万平方キロ、最も高い地点は約5300メートルと富士山超え。さらに東進すると巨大地震の世界最多発地帯のチリ海溝。アメリカ大陸は空中を飛び越え大西洋へ。そこでは太古のパンゲア大陸の分裂の痕跡を眺めて、いよいよインド洋へ……。
こうした海底の巨大な絶景を形成する大きなカギは、プレートテクトニクスにあり、地球表面を覆うプレートの動きによってこうした壮大な地形が造られるという。では、プレートテクトニクスはいつ、いかように始まったのか。この問いは46億年の歴史をもつ地球の最初の6億年間、冥王星がいかなる環境であったかに関わる。それには地球の誕生、月の誕生がどういう過程で起こったかの謎を解かねばならない。楽しい世界一周から一挙に宇宙の謎へと導かれ、心地よい目まいに襲われる。自粛で移動を制限されている現在、なんとも雄大な紙上旅行を堪能できる。 <狸>
(講談社 1000円+税)