「人体は流転する」ギャヴィン・フランシス著 鎌田彷月訳 原井宏明監修

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 著者はスコットランドのエディンバラに診療所を構えて全科を診る総合診療医。診療所を訪れるさまざまな患者を長年診てきた著者はいう。「生きていることは、終わりのない身体変容のただなかにいることだ」と。受精卵の細胞分裂に始まり、胎内で系統発生をたどった胎児は、それまでの胎盤を通じて行っていた呼吸を出産直後に肺呼吸に転じるという大転換を成し遂げて誕生し、その後死に至るまでじつに多様な変容を続けていく。

 本書には、狼人間、懐胎、睡眠、頭皮、若返り、タトゥー、拒食症、思春期、妊娠、ジェンダー、体内時計、更年期、記憶、死……といった身体変化の諸様相が取り上げられているが、それぞれの項目について医学、解剖学、病理学という専門的見地は無論のこと、文学、心理学、人類学といった該博な知識がふんだんに盛り込まれている。さらには臨床医として出会った実際の具体的な症例も開陳され、まさに「臨床医学的博物誌」という新たな分野を切り開くものである。

 誰もが経験する身体変容に、思春期の第2次性徴がある。じつは新生児も性ホルモンを生成しているのだが、新生児の脳は性ホルモンに敏感なため、出生後すぐに性ホルモンの生成に急ブレーキをかける。このブレーキが徐々に弱まり、思春期になるとそのブレーキが解かれて発動するという。4歳の頃から診てきたある少女の母親が、著者に相談する。まだ8つの娘の胸がもう大きくなっているので心配だ、と。その後少女は10歳の誕生日の直前に初潮があり、13歳で妊娠する。

 著者がいうように、妊娠という変容は、身体的なものと同時に社会的なものである。アメリカでは1980年代に10代の妊婦に対する支援策が導入され、スコットランドでも採用されたという。ともあれ、最初は戸惑いを隠せなかった少女の両親もこの事実を受け入れ、少女は難産の末、女の子を産む。

 その他、筋肉増強に魅せられた男性、更年期の新たな意味づけなど、身体変容の多彩な物語が描かれる珠玉の医学エッセーである。 <狸>


(みすず書房 3400円+税)

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