「新敬語『マジヤバイっす』 社会言語学の視点から」中村桃子著

公開日: 更新日:

 2014年、電子掲示板にある投稿があった。上司に「マジヤバイっすね」という言い方をすごく見下されて腹が立った。でも「っす」は丁寧語っすよね、と。それに対して圧倒的多数が「っす」は丁寧語ではないと投稿者を批判した。この「っす」「す」を使う言葉遣い(「ス体」)の最も古い出現は1954年で、以後、若い男性の運動部員やドラマの中のとび職などが用いていて、90年代になると広がり始めたという。

 本書は、社会言語学の視点からこの「ス体」がさまざまな意味付けをされていく過程を追いながら、それがジェンダーや敬語の概念にどのような影響を及ぼしているのか考察したもの。

 著者は「ス体」常用者の男子体育会系クラブ所属の先輩1人と後輩2人の会話をビデオ録画し、「ス体」の使われ方を分析する。そもそも「す」「っす」は丁寧体「です」の短縮形で、この会話においても「ス体」が使われるのは後輩→先輩のみでそれ以外は使われない。その意味では先の投稿者の意見は間違いではない。また「ス体」には「です」の心理的距離感を縮める役割もあり、親しさと丁寧さを同時に表現するのが難しい上下関係の厳密な体育会系男子集団に好んで使われるようになったのだと分析する。

 近年ではテレビのCMにもこの「ス体」が登場し、そこでは伝統的な男らしさから逸脱する〈軽さ〉や強調の接尾辞としての意味付けも加わっていく。

 さらに、女性が使う「ス体」には、旧来の女ことば(「だわ」「かしら」など)にまつわる古くさい〈伝統的女らしさ〉や高飛車な態度とは一線を画す、男性との関係から規定されない自由で新しい女性像を提示するという意味合いが組み込まれているとされる。

 一般的には下世話で正しくない日本語と見られがちな「ス体」だが、本書によってそうした見方は一掃される。「ス体」は敬語やジェンダーといった社会のイデオロギーの変化を忠実に反映しているのだ。今後、「ス体」はどう発展していくのか目が離せない。 <狸>

(白澤社 2200円+税)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • BOOKSのアクセスランキング

  1. 1

    「最後の幕臣 小栗忠順 挫けども、折れず」増田晶文氏 非業の運命をたどった“ラスト・サムライ”の生涯を描いた1冊

  2. 2

    「芝浦屠場千夜一夜」山脇史子氏

  3. 3

    「人手不足」なのに仕事探しに四苦八苦「年金だけじゃ生活できない!『定年バイト』奮戦記」林山翔平著

  4. 4

    「新しい戦中」に突き進んでいかないためにはどうしたらいいのか──「一寸先は闇」五木寛之、佐藤優著

  5. 5

    タイムトラベル専門書店 utouto(板橋・志村坂上)古い門をくぐった先に現れる築110年の蔵を改装した店舗

  1. 6

    失敗にめげずニコニコの精神が成長の原動力に「発達障害の私だからこそ、成功できた」似鳥昭雄著/祥伝社(選者:稲垣えみ子)

  2. 7

    茨木のり子にいわさきちひろ…それぞれの生き方を貫いた女性たちが建てた家「女性が建てた家と間取り」田中厚子、松下希和著

  3. 8

    竹内薫(サイエンス作家)鈴木光司さん、またいつか宇宙と時空の神秘を語り合おう

  4. 9

    状況が変わってきた自転車をめぐる混乱を研究者が解説「『自転車』はどこに向かうのか」疋田智著

  5. 10

    「異境」のフロイト像を描きながら精神分析の歴史をたどっていく「異境のフロイト」上尾真道著

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    巨人・橋上秀樹監督代行とは何者か…原辰徳氏には干され、阿部監督が心酔した“野村ID野球”の継承者

  3. 3

    ゾンビたばこ羽月隆太郎「共犯者暴露」の大きすぎる波紋…広島・新井監督の進退問題にまで飛び火か

  4. 4

    最重鎮OB廣岡達朗氏が巨人を一刀両断「野村克也の教え子がシーズン終了まで代行なんて冗談じゃない」

  5. 5

    絶好調!巨人・阿部慎之助を支える最強あげまんグラドル小泉麻耶

  1. 6

    バレーSVリーグに現役選手から不満爆発!《ハテナがつく事ばかり》の現状招いた真犯人

  2. 7

    (1)阿部監督の暴行事件は巨人にとって“渡りに船”だったか…異様に早い「解任判断」の裏側

  3. 8

    広島羽月 お立ち台で見せた初々しい“坊主頭”の意外な理由

  4. 9

    (2)阿部監督「長女の手紙」で潮目一変…巨人が“事件矮小化”を手引きしたのか

  5. 10

    (3)巨人の次期監督は誰か…松井秀喜氏、桑田真澄氏より“現実味”帯びる原辰徳氏の4度目登板