中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<15>母は笑うこともできなくなっていた

公開日: 更新日:

「何を言い出すんだ」

 今度は富秋が慌てて亜以子が喋るのを止めようとする。だが亜以子は溢れ出す感情を堪えきれない様子で続ける。

「病気になる前のお母さんはいつも元気で、冗談が好きで、だから学校で嫌なことがあっても家に帰ったら忘れることができた。そんなお母さんが日増しに動けなくなって、上手く話すこともできなくなって、最近は笑うこともできなくなった。お父さん、そんなお母さん見て辛くなかったの。わたしは辛かった。見ているだけで涙が出そうになった」

 娘に正視され、富秋は声も出せずにいる。質問した犬養と明日香も勢いに呑まれて間に入れない。

「でも、わたし知ってる。一番辛いのはわたしやお父さんじゃなくてお母さん本人だった。お母さんが会話補助装置をあまり使おうとしなかったのは、元気だった頃の自分の声を、あんな濁った機械の声で上書きされたくなかったからだよ。身体も心もどんどん弱っていくのが一番辛かったのはお母さんなんだよ」

「そんなこと、俺が知らないとでも思っていたのか」

 富秋は娘からの視線を逸らそうとしなかった。

「一緒にいた時間はお前よりずっと長い。あまり父親をなめるな」

「お父さん」

 刑事さん、と富秋は犬養たちに向き直る。

「娘の話はさておき、瑞穂が延命治療に消極的だったのは事実です。しかしわたしや娘が安楽死に同意したり、違法な医療行為を何者かに依頼したりということは一切ありません」

 感情を制御できない娘の弁護に回ったか。同じく娘を持つ父親として富秋の気持ちは手に取るように分かる。

「最近、家に不審な人物が出入りしていた形跡、もしくは奥さんが秘密裏に何者かと交信していた素振りはなかったですか」

 犬養の問いに富秋と亜以子は揃って首を横に振る。

「もし瑞穂さんが望んで安楽死を選んだとしたら、お二人に遺書めいたものを残しているのではありませんか。筆記はできないにしても、スマホで伝言くらいは送れるでしょう」

「亜以子にも確かめましたが、二人のスマホにそういった類のメッセージは入っていませんでした。何なら現物を提出して構いません」

 明日香がこちらをじろりと睨む。言いたいことは分かっている。瑞穂が自分の意思で安楽死を依頼したのであれば、処置が終わる前に夫や娘の邪魔が入るのを極力回避しようとしたに違いない。逆に言えば、二人に何のメッセージも送っていない事実は瑞穂の覚悟を物語っている。

「長山さん。あなたたち遺族が、瑞穂さんの決心や安楽死を請け負った犯人に何を思っているかは分からない。しかし我々は必ず犯人を捕まえて然るべき罪に問う」

 (つづく)

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