「HACK」橘玲著/幻冬舎(選者:佐藤優)
抜群に面白いインテリジェンス小説
「HACK」橘玲著/幻冬舎
抜群に面白いインテリジェンス小説だ。橘玲氏は丹念な取材をもとに大胆な構想力によってこの作品を書いた。
タイの首都バンコクで、暗号資産に対する日本の税務当局による課税を逃れてきたハッカーの樹生と化学兵器による大量殺人事件を起こしたカルト教団で幼児期を過ごした元アイドルの咲桜の恋愛を軸に物語が進んでいくので読みやすい。
特に興味深いのは、一般にその活動がほとんど知られていない法務省外局の公安調査庁のインテリジェンス活動が描かれていることだ。シンガポールの日本大使館に検察庁から出向している榊原という検察官が公安調査庁と連携を取りながら、対北朝鮮インテリジェンス工作を行っているとの舞台設定がユニークで面白い。
この作品では、ユダヤ人と思われる謎のハッカーHALが重要な役割を果たしている。
<一〇年ほど前から、HALは情報機関のあいだで伝説的な存在になっていた。わかっているのは、小学生のときにiPhoneのセキュリティを破って以降、イスラエルの情報機関の保護下にあることと、五年ほど前にNSAのハッキングに成功し、膨大なゼロデイのコレクションを入手したことだった。これによってHALは、ネットワークにつながっている世界中のあらゆるコンピュータに侵入できるオールマイティの力を手にすることになった。/NSAは当初、HALを犯罪者として訴追しようとしたが、イスラエル政府が仲介に入り、テロリストの情報を提供するのと引き換えに罪に問わないことにした>
実際にモサド(イスラエル諜報特務庁)には、HALのような協力者がいる。モサドやアマン(軍諜報局)やシンベト(保安庁)などは、シオニスト国家とユダヤ人が生き残るために役に立つならば、子どもであろうと犯罪歴があろうと、その人物に能力があるならば活用する。
国際社会が、自国中心の帝国主義的傾向を強める中で、日本も対外インテリジェンス機能を強化しなくてはならない。特にサイバー絡みのインテリジェンス戦争については、この小説を1級の参考書として用いることが出来る。 ★★★
(2025年10月16日脱稿)