「中学生あらくれ日記」椎名誠氏
「中学生あらくれ日記」椎名誠著
紀行エッセーや自伝的小説などおよそ300冊にものぼる著書を世に送り出してきた著者。しかし、意外にも描いてこなかったのが、自身の少年時代の物語だ。
「僕が育った千葉県の幕張は、当時沿岸漁業の町からじわじわと難しい構造変化を強いられていて、遠い先に『幕張メッセ』という怪物の脈動があった。そんな巨大な変革の波の中で過ごした少年時代は、書いたらマズいような出来事がたくさんあったんだよね。でも、もうさすがに時効かなと思うし、この年になって自分の始まりのあの頃を描くのもいいんじゃないかと思ってね」
本書は、東京新聞千葉版での連載の書籍化で、海辺で自由に遊んだ少年時代を中心につづられた前著の「幕張少年マサイ族」の続きともいえるエッセー。タイトル通り、大人ではないが子どもでもない、最もヤバすぎた時代の“中学生シーナ”が描かれている。
「本当は僕、お坊ちゃんだったんですよ。7歳で幕張に引っ越すまで住んでいたのは東京の世田谷区。お袋は山の手の“ざあますおばさん”で、僕にベレー帽をかぶらせて小学校に行かせる。でも、そんな子どもは当時の幕張にいなくて、友だちには『なんでシーナくんは座布団をかぶってくるんだい?』なんて言われる始末。本能的にいじめのキケンを察知して、ベレー帽はカバンにしまって登校していました」
ベレー帽に悩まされた少年は、やがてすっかり町に馴染んで中学生となる。そのあらくれ具合は、令和の中学生の親が見たら卒倒レベルだ。あるときは学校裏の疎林に呼び出され、15人ほどの集団からリンチを受ける。“肩をあげて歩くのが気に食わない”などの理由で、ひとりずつ呼び出し大勢で殴るという粗雑な暴行がはやっていたのだ。
「顔はボコボコで肋骨も折れたけど、アドレナリンが出て痛くなかった。クラス担任も我関せずという感じでしたね。僕は復讐のために体と拳を鍛えながら、殴ったやつらの住所を調べ、相手の家に潜んで機会を待ち、飛び掛かってボコボコにぶん殴った。子どものようにうめく相手を見て“キメたな”と痛快だったね。こっちは1対1でやっているから」
ほかにも、外国製の空気銃を持ち歩いて鳥を撃ったり、自転車オートバイを乗り回したり、あるときはチンピラ集団相手に刀を振り回すなど、キケンな日々がつづられている。戦後勃興期のドタバタ時代だ。中学生が荒れるのも無理はない。
「とくに幕張は、漁業権の買収が行われ補償金景気で町がザワついていた。漁業と農業が混在していて、対立が起きていたりね。銭湯なんかに行くとだいたい入れ墨をした男たちが風呂桶で殴り合っていて、当時の僕は銭湯は喧嘩する場所だと思っていたぐらい(笑)」
母親の弟である“つぐも叔父”との交流も愉快だ。著者のために離れの小屋を作ってくれたかと思えば、その小屋で預かってくれと刀を持ってくる。ハチャメチャだが中学生男子には魅力的な大人だったことだろう。
「東京新聞の連載に大幅加筆・修正したのが本書。まだ書いていないことも、書けるかどうかギリギリのこともたくさんある(笑)。荒れてはいたけれど、みんな本音で生きていたあの時代を、もう少し書き続けたいような気がしていますね」 (草思社 1870円)
▽椎名誠(しいな・まこと) 1944年、東京生まれ。「さらば国分寺書店のオババ」でデビュー。「アド・バード」で日本SF大賞、「犬の系譜」で吉川英治文学新人賞受賞。「わしらは怪しい探検隊」シリーズなどの紀行エッセー、「岳物語」などの自伝的小説のほか「犬から聞いた話をしよう」「思えばたくさん呑んできた」など著書多数。