中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<16>死因は心筋の虚血による心不全

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〈3〉

 長山宅を辞去した犬養と明日香は、そのまま東大法医学教室のある本郷キャンパスに向かった。時刻は既に午後十時を回っていたが、医2号館本館のいくつかの窓からは明かりが洩れている。学生たちが帰った後も、こうして働き続ける教授や職員たちがいることは普く知られるべきだろう。いや、今の世の中では、大学職員の法定労働時間超えは却って悪習と受け取られかねない。

 法医学教室を訪ねるとすぐ蔵間准教授が応対に出た。

「やあ間がいいですね、お二人とも。今しがた解剖が終わったばかりですよ」

 解剖を終えた直後であるのは言われなくとも見当がつく。蔵間の身体から異臭が漂っているからだ。今の今まで解剖室に籠っていた蔵間は嗅覚が麻痺しているかもしれないが、明日香などは鼻を押さえるのを必死に堪えていた。

「どうぞ」

 蔵間に勧められて二人は手近のワークチェアーに腰を据える。明日香の振る舞いが怪しいので視線の先を追ってみると、蔵間の座ったデスクには蓋の開いたカップ麺が置いてある。蔵間が食したのは解剖の直前かそれとも直後か。いずれにしても惨殺死体を見慣れた犬養や明日香にも真似のできないことだ。

「まず死因ですが、心筋の虚血による心不全です。ただし心臓疾患と決めつけるには不審な点があります」

「血中の、異常に高いカリウム濃度ですね」

「現場で御厨検視官からお聞きでしょう。カリウム濃度が15・5mEq/Lなどという数値は高カリウム血症でもなかなかお目にかかれるものではない。念のために血漿採血しましたが血症の特徴は出現しませんでした」

「いつぞやお聞きした或るケースと、よく似た所見ですね」

「似ているのは当然かもしれませんね。わたしも執刀中に大きな既視感を覚えましたから」

「ドクター・デスですね」

「ええ。塩化カリウム製剤の投与による人為的な心筋の虚血である可能性が捨てきれません。仮に第三者の仕業とすればドクター・デスなる犯人の模倣と考えても的外れではないでしょう」

「ドクター・デスの場合、塩化カリウム製剤の前にチオペンタールを投与していました。今回はどうでしたか」

「それを含めての模倣です。体内からはチオペンタールも検出されましたよ」

 蔵間の返事を聞いた犬養は俄に緊張する。

 安楽死させるために塩化カリウム製剤を投与する方法はマスコミによって広く報道された。だが苦痛を和らげるために患者を昏睡状態に陥らせる処方は警察も秘匿していた。換言すれば今回の安楽死事件の犯人はドクター・デスのやり口を知っていることになるのだ。

 (つづく)

【連載】ドクター・デスの再臨

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