著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「蝶の眠る場所」水野梓著

公開日: 更新日:

 これはミステリーだ。しかしそう言ってしまうと、なにか大事なものがこぼれてしまうような気がする。

 その話の前に、この長編の内容を少しだけ紹介すると、20年前の殺人事件の犯人は(10年前に死刑が執行)、実は冤罪だったのではないか、とドキュメンタリー番組のディレクターが調べ始めるという話である。

 だから、間違いなく本書はミステリーだ。しかしそれは、表層のストーリーにすぎない。問題はそれをどう描くかだ。ネタばらしになるので詳しくは書けないものの、復讐とは何か、贖罪とは何か、国家とは何か。さまざまなモチーフが複雑に絡み合っていること。

 その強い芯がまずいい。次に、その間を縫うように、個性豊かな登場人物がリアルに動きまわり、色彩感豊かな物語を作っていること。主人公の美貴が左遷されて配属された地下2階のドキュメント班の面々(超個性的だ!)だけにとどまらず、わき役端役にいたるまで自由に呼吸しているのだ。そういう細部がいいから、この物語にどんどん引き込まれていくのである。つまり、デビュー作とは思えないほど全体が素晴らしいのだ。

 では、こぼれるものとは何か。文章がなめらかであることに留意。しみ入るように体に溶け込んでくる。小説を読むことの喜びがここにある。個人的にはこれがいちばん大きい。この作者、ハードボイルドに向いているのではないか。そんなことを思ったりもする。 (ポプラ社 1980円)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高画質は必要ない? 民放各社が撤退検討と報じられた「BS4K」はなぜ失敗したのですか?

  2. 2

    大手家電量販店の創業家がトップに君臨する功罪…ビック、ノジマに続きヨドバシも下請法違反

  3. 3

    落合監督は投手起用に一切ノータッチ。全面的に任せられたオレはやりがいと緊張感があった

  4. 4

    自民党総裁選の“本命”小泉進次郎氏に「不出馬説」が流れた背景

  5. 5

    「二股不倫」永野芽郁の“第3の男”か? 坂口健太郎の業界評…さらに「別の男」が出てくる可能性は

  1. 6

    今思えばあの時から…落合博満さんが“秘密主義”になったワケ

  2. 7

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性

  3. 8

    三谷幸喜がスポーツ強豪校だった世田谷学園を選んだワケ 4年前に理系コースを新設した進学校

  4. 9

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  5. 10

    佐々木朗希いったい何様? ロッテ球団スタッフ3人引き抜きメジャー帯同の波紋