「緑陰深きところ」遠田潤子著
令和元年5月、大阪ミナミのカレー屋、三宅紘二郎宛てに一枚の絵はがきが届いた。「花開けば万人集まり……」と漢詩が書かれていた。差出人は兄の征太郎になっている。74歳になった紘二郎の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
昭和47年5月の夜、兄が妻の睦子とその父、5歳になる娘の桃子を殺して一家心中を図ったのだ。兄は死にきれず、自ら通報して服役した。兄の声が聞こえたような気がした。――睦子は決しておまえには渡さない。紘二郎は「兄さん、今からあんたを殺しに行くよ」とつぶやく。そして、かつて憧れていた中古のコンテッサを購入し、紘二郎は兄の住む大分県日田に向かうが……。
封じ込めようとした過去に翻弄される初老の男を描く。
(小学館 1870円)