著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「ナニワ金融道」(全19巻)青木雄二著

公開日: 更新日:

「ナニワ金融道」(全19巻)青木雄二著

 漫画を評するに「ストーリーは面白かったけど画がだめだ」などという人は多い。だが漫画は画を見せるものではない。小説や映画と同じくストーリーとモチーフで読ませるものである。それを証明したのが青木雄二の「ナニワ金融道」だ。

 デッサンの基礎はもちろん線もムチャクチャだ。コマ割りの基本もなってないし、漫画の体も成していない。掟破りだらけの作品なのである。

 岡山県の片田舎で育った青木は地元の工業高校を出て山陽電鉄に入社する。しかしここで出世には学歴が必要だという現実に直面し嫌気がさして退職。転職先の町役場もバカらしくなって3カ月で辞めてしまう。

 そして一旗あげるために一念発起して大阪に出た。しかし夢は持っていてもいつまで経ってものし上がれない。パチンコ屋やキャバレーを転々としたその後に起こしたデザイン会社も失敗して倒産。起死回生で目指したのが漫画家だった。

 デビューはこの「ナニワ金融道」。モーニングで連載した。45歳という超遅咲き。しかしこの1作で単行本発行部数1000万部を超え、巨額の印税を手にした。単行本が1冊500円だと仮定しても印税は5億円。連載時には原稿料ももらっているし、単行本化後は映像化権や講演料などもあっただろうから、10億円に近い収入をこの1作で得ている。

 この作品がなぜここまで読者に支持されたのか。それは間違いなく青木雄二の社会に対する情念であろう。学歴社会に対する怒りであり、銭金優先の社会に対する怒りだ。その情念を作品にこめて読者の心に届けたのである。青木は漫画家活動の一方でドストエフスキーに傾倒し、マルクス主義者を標榜した。

 こういった情念は、若い漫画家たちがいくら渇仰しても手に入れられない、いわゆる才能というものだ。他ジャンルの表現者たち、たとえばゴッホやベートーベン、棟方志功たちが抱えるのと同じ種類の情念だ。残酷なのは本人が生きている間は、誰もそれが才能だとは気付かず、本人も嵐のなかで翻弄される。

 1作で数億円の財を築いた青木は「一生暮らせるだけの金は稼いだ」とすぐに漫画家を引退した。そして50歳にして31歳の妻を得た。そのまま順風満帆の余生を楽しむはずだったが、58歳時にがんで早逝した。

(講談社 品切れ 重版未定)

【連載】名作マンガ 白熱講義

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  2. 2

    長嶋一茂は“バカ息子落書き騒動”を自虐ネタに解禁も…江角マキコはいま何を? 第一線復帰は?

  3. 3

    トリプル安で評価一変「サナエノリスク」に…為替への口先介入も一時しのぎ、“日本売り”は止まらない

  4. 4

    "お騒がせ元女優"江角マキコさんが長女とTikTokに登場 20歳のタイミングは芸能界デビューの布石か

  5. 5

    【独自】江角マキコが名門校との"ドロ沼訴訟"に勝訴していた!「『江角は悪』の印象操作を感じた」と本人激白

  1. 6

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  2. 7

    実は失言じゃなかった? 「おじいさんにトドメ」発言のtimelesz篠塚大輝に集まった意外な賛辞

  3. 8

    99年シーズン途中で極度の不振…典型的ゴマすりコーチとの闘争

  4. 9

    27年度前期朝ドラ「巡るスワン」ヒロインに森田望智 役作りで腋毛を生やし…体当たりの演技の評判と恋の噂

  5. 10

    今田美桜が"あんぱん疲れ"で目黒蓮の二の舞いになる懸念…超過酷な朝ドラヒロインのスケジュール