「刻印 満蒙開拓団、黒川村の女性たち」松原文枝著
「刻印 満蒙開拓団、黒川村の女性たち」松原文枝著
著者が監督したドキュメンタリー映画「黒川の女たち」が今年7月に公開された。敗戦直後の旧満州で集団性暴力を受けた女性たちの長い戦いを描いている。その取材・撮影の経緯、当事者との交流、著者自身の心の揺れなど、映画では描けなかったことを記録したノンフィクション作品。
2018年8月20日付の朝日新聞に、ある記事が掲載された。見出しは「『性接待』語る 満蒙開拓の女性たち」。証言集会で、佐藤ハルエさんという当時93歳の女性が戦時中に自身が受けた性暴力について語っていた。衝撃を受けた著者は、戦争と性暴力についての取材を始めた。
証言者ハルエさんが属していた黒川開拓団は戦中、岐阜県黒川村から旧満州に渡った。予期せぬ敗戦の後、大混乱の中で集団自決を選んだ開拓団もあった。黒川開拓団は生きて日本に帰るために敵であるソ連軍に助けを求め、その見返りに団の女性を差し出した。共同体を守るため、未婚の若い女性に「性接待」を強いたのだ。
貞操を守れ、良妻賢母たれ、と教育されてきた女性たちは、身も心も深く傷ついた。性病で亡くなった人もいる。帰国後に待っていたのはねぎらいではなく、差別と偏見、誹謗中傷だった。村人は口をつぐみ、事実は封印された。
長い時を経て、黒川の女性たちは手を携え、語り始めた。あったことを、なかったことにはできない。しかし、沈黙したまま他界した仲間もいる。知られたくない遺族もいる。さまざまな葛藤を乗り越え、封印されていた史実を語り続けた。そして戦後七十余年を経て、故郷黒川にある佐久良太神社の境内に「乙女の碑」の碑文が建てられた。碑文には、後世に伝えられるべき史実が刻まれている。
顔と実名を出しての被害証言は重い。戦時の性暴力の酷さが強いリアリティーをもって伝わってくる。封印されたまま歴史の闇に埋もれた被害事例は、いったいどれほどあるのだろう。声を上げた女性たちと、その貴重な証言を映像と文字で記録した著者の仕事に敬意を表したい。 (KADOKAWA 1870円)