「見えない壁 北方四島の記憶」本間浩昭著

公開日: 更新日:

「見えない壁 北方四島の記憶」本間浩昭著

 択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島。はるか北の海にかすんでいる北方4島にズームイン。ロシアと日本の国境地域の知られざる実態を描いている。根室を拠点に足かけ36年、北方4島の取材を続けてきた毎日新聞記者による渾身のノンフィクション。

 80年前の敗戦直後、北方4島はソ連の侵攻によって孤立した。当時、4島に住んでいた日本人は1万8000人。小さな舟で命からがら脱出した人もいれば移住してきたソビエト国民との「混住」を強いられた家族もいた。国に捨てられた人たちはソ連占領下をどのように生き延びたのか。著者は50人以上の元島民や後継者への詳細な聞き取りを行い、貴重な証言を記録した。

 4島の中で最初に占領されたのは択捉島だった。霧が濃い日で、島民が気づいたときは、おびただしいソ連兵に包囲されていた。ソ連の横暴としか思えない4島占領だが、実はアメリカが強力に後押ししていたという事実に驚く。4島占領の半年以上前に、アメリカはソ連に戦艦を貸与し、兵士の操船訓練まで行っていたという。戦後、日ソが歩み寄ろうとしたとき、「2島返還」の邪魔をしたのもアメリカだった。北方4島から、同盟国アメリカの裏の顔が見えてくる。

 国境があいまいだった時代にさかのぼると、帝政ロシアは高級品「ラッコの皮」を求めて南下し、江戸幕府を脅かした。北方警備の最前線だった択捉島には酷寒の地で果てた侍たちの墓が残っている。多くの日本人が知らないことばかり。

 本作は4島の未来にも言及している。少年期にソビエト国民との混住を経験した元島民は、共生が可能だと考え、ユニークな持論を展開する。それは「ロシア3、日本3、自然保護区4の面積割合ですみ分けてはどうか」というものだ。両国で保全する自然保護区は野生生物の楽園になるだろう。エコツアーが有望かもしれない。

 根室海峡に立ちはだかる「見えない壁」は厚い。日本人がその向こうの新天地に立てる日は来るだろうか。 (KADOKAWA 2200円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「ブラタモリ」抜擢の桑子真帆アナ “金髪チャラ系”の大学時代

  2. 2

    巨人に漂う不穏な空気…杉内投手チーフコーチの「苦言連発」「選手吊るし上げ」が波紋広げる

  3. 3

    大の里、豊昇龍の両横綱も戦々恐々…「新怪物」加入で躍進止まらぬ伊勢ケ浜部屋の巨大戦力

  4. 4

    82歳で死去の橋幸夫さんが日刊ゲンダイに語っていた「佐川急便事件」と「統一教会」のバッシング報道

  5. 5

    星野監督は中村武志さんを張り倒した直後、3ランを打った隣の俺にも鉄拳制裁…メチャクチャ痛かった

  1. 6

    御三家の生き残り舟木一夫の“傷だらけの人生”と、兄貴分だった故・橋幸夫さんも太鼓判のサバイバル術

  2. 7

    小祝さくらは「加齢の影響」漏らしていた…ツアー6週連続欠場の深刻度

  3. 8

    (1)身内すらも“監視し欺く”情報統制…機密流出犯には厳罰、まるで落合博満監督のよう

  4. 9

    元幕内照強の“しょっぱい犯罪”に角界も呆れた…トラブル多数現役時代の「ヤンチャ」な素顔

  5. 10

    佐々木朗希いったい何様? ロッテ球団スタッフ3人引き抜きメジャー帯同の波紋