永田琴(映画監督)
9月×日 韓国・釜山国際映画祭に来ている。拙作映画「愚か者の身分」で主演の俳優3人が同時に最優秀俳優賞を受賞した。感無量。思い返せばこの旅は、原作である同名書を読んだ5年前に遡る。戸籍ビジネスで生計を立てる半グレたちを描いたクライムサスペンス、西尾潤著「愚か者の身分」(徳間書店 1870円)。同時刻の出来事を章立てに、登場人物それぞれの目線から描くことでスリルが倍増する。関西出身の著者が関西人キャラクターを巧みに織り交ぜていて、おかしみも忘れない。実はこの著者、普段はヘアメイクの仕事をしていて以前撮影を共にした仲間でもある。その彼女から突如小説家デビューしたと連絡が来たのが始まり。お互いここまで来られるとは思ってなかった。それもまた感無量。
10月×日 松永K三蔵著「バリ山行」(講談社 1760円)を読んで、登山を始めたいと思った。バリとはバリエーションルートを意味し、主人公は一般登山道から離れ独自のルートを行く中で、生死を意識するほどの苦行に遭う。読んでいるこちらもまるで山を這っているかのように息が上がってしまい、ある種の精神修行なのだと感じた。
そんなことで私も登山を敢行、大菩薩嶺へ。もちろん一般登山道を行く。ひたすら続く尾根を歩きながらヨロレイヒ~と叫んでみると、どこかからかこだまのように返してくれる人がいてほっこりした。
10月×日 鈴木まり著「悪魔の人間観察」(飛鳥新社 1760円)。心理カウンセラーでもある著者がアーユルヴェーダの思想を使い「見た目」や「話し方」から相手の性格を見極め人間関係に役立てるための指南書。私も常に役者たちの複雑な心の奥を窺い知る必要があるため、なんだか役に立ちそう。と、前半は健全な空気で進むのだが、後半からがかなり異色。この本の語り手は「悪魔」なのだ。相手の弱点を知り「手を汚さず地獄へ堕とす方法」なんぞを教えてくれる。活用方法は個人の自由だが、恋人に復讐したい人や、犯罪傾向にある人を見抜く方法まで、現代社会にはかなり有用。
10月×日 西尾潤さんから書き下ろしの続編「愚か者の疾走」が11月に刊行されると連絡が来た。タクヤとマモルは再会するのか、映画を観た著者が、新たに原作を書いてくれる。──映画監督としてこんなに嬉しいことはない。



















