「炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅」山岡淳一郎著
「炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅」山岡淳一郎著
大干ばつにあえぐアフガニスタンの荒地に大河の水を引き入れ、緑の大地を蘇らせる。強い意志と不屈の努力で不可能を可能にした日本人医師、中村哲。2019年12月、正体不明の武装集団に銃撃され、命を落とした。だが、没後も志を継ぐ者たちによって灌漑事業は引き継がれ、中村の存在は輝きを増している。
ノンフィクション作家の著者は、生前の中村に会っていない。その生涯を描くために、約5年かけて中村とゆかりのある土地を訪ね、100人を超す人にインタビューした。中村は、支援者、スタッフ、家族など多くの人を巻き込みながら、信じる道を突き進む。中村の活動に関わり、支えてきた人たちの人生ドラマをいくつも含む本作は、群像劇のようなノンフィクション作品だ。
中村は1946年、福岡市で生まれた。父は共産党の活動家、母は「花と龍」のモデルになった組長の娘。15歳のとき、自分から望んで洗礼を受ける。「他の人の行くことを嫌うところへ行け」というキリスト者としての使命感が、すでに芽生えていたのかもしれない。九州大学医学部で学んだ後、パキスタンのペシャワールでハンセン病の治療に当たる道を選ぶ。
だが、戦禍と干ばつに苦しむ隣国アフガニスタンから多くの難民が押し寄せる。医療より水のほうがより多くの命を救えると考えた中村は、寝る間を惜しんで河川工学や流体力学を独学し、用水路の建設に乗り出す。大自然相手の難工事に取り組む中村には、戦国時代の武将のようなすさまじい気迫がみなぎっていたとスタッフの一人が語っている。だが、仕事を終えたあとは、とぼけたおじさんぶりも発揮した。多くの人の証言から「人間・中村哲」が浮かび上がってくる。
中村が川を相手に試行錯誤していたころ、アフガニスタンはアメリカが引き起こした対テロ戦争のさなかにあった。大国に踏みにじられてきたこの国の複雑な事情も詳しく描かれている。水は命を救うが、戦乱は命を奪い、傷つけるだけだ。中村の生涯は、そう訴えかけてくる。戦乱がやまない今、姿勢を正して読むべき圧巻の評伝。 (集英社 2860円)



















