「退職クロスロード」安藤祐介氏

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「退職クロスロード」安藤祐介著

 初めての部署や役職で、気持ちも新たに仕事と向き合う新年度。一方、つい先月までは年度末恒例の地獄のような業務量をさばいていたというご同輩も多いことだろう。本作では、多くの勤め人たちの運命が交錯する、とある企業の3月31日の人間模様が描かれている。

「これまでさまざまな仕事やそれに関わる人々の物語を描いてきましたが、1日にフォーカスしたのは初めての挑戦でした。その年の総決算である大晦日を舞台にした、井原西鶴の『世間胸算用』という物語に触れる機会があり、勤め人にとっての総決算でもある年度末の1日を舞台に選びました」

 3月31日の早朝5時半、都心に本社を構える総合メーカーの万屋カンザキ株式会社に、最初のひとりが出社してくる。ビルの清掃員である、守田だ。就職氷河期世代で現在も契約社員である守田は、年度末の人事異動に伴い大量に出されたゴミを黙々と片づけている。すると、出社してきた一人の社員に、突然朝食に誘われる。彼は今日で定年を迎える、労働安全衛生管理部長の佐和山と名乗った。

「私自身、作家デビューを果たしてからも勤め人との二足のわらじを続けています。守田と同じ就職氷河期世代で、転職も経験してきましたが、バブル期の企業の空気は知りません。しかし、考えてみると私の父親は日本企業がイケイケだった時代の勤め人で、家でもなかなか姿を見ないほど忙しい人でした。そんな世代の人生の転機を描いてみたくなったんです」

 大企業の部長クラスとはいえ、佐和山は出世レースに敗れ閑職に追いやられていた。そして5年前、会社で自殺を図ろうとしたところ、守田に助けられたと話す。バブル期入社で凄腕営業マンだったという佐和山に何があったのか。守田はその背景を知りたくなる。

「日本経済と企業模様は、若い世代には想像できないほど様変わりしていますよね。かつては社会全体に持て余すほど金があり、勤め人たちも“白紙の領収書”を持って高級クラブや料亭で接待三昧。その時代をうらやましいと表現されることもありますが、果たして本当に楽しかったのか。そうせざるを得ない空気の中で、チキンレースに強制参加させられていたような時代だったかもしれません」

 佐和山に関わった社員たちが思い出を振り返る形で物語は進んでいく。佐和山の失脚になすすべのなかった部下、女性初の取締役に上り詰めた佐和山の同期、彼女の私生活を支えたことで出世街道から外された夫、コスパ重視の今どき社員など、立場も性別もさまざまな視点から、佐和山に関わる“ある出来事”の顛末が浮き彫りになっていく。

「会社という組織に身を置いていれば、理不尽な経験も避けられないかもしれません。しかし、人生の大半を過ごす場所には希望もあると信じたい。その鍵を握るのは、やはりどんな人間関係を築いてきたかに尽きると思います。私は企業や仕事を題材にしながら、“人”を描いていきたいのだと改めて気づかされた作品でもあります」

 勤め人であれば、登場人物の誰かにいや応なく感情移入させられるだろう。後悔しない勤め人人生を送るためのヒントをそっと差し出してくれる、リアルで力強い物語だ。 (実業之日本社 2035円)

▽安藤祐介(あんどう・ゆうすけ) 1977年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2007年「被取締役新入社員」でTBS・講談社第1回ドラマ原作大賞を受賞しデビュー。「六畳間のピアノマン」「夢は捨てたと言わないで」「不惑のスクラム」「仕事のためには生きてない」など著書多数。

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