第11話:衝動的略奪 ~2人の逃走者~
この郵便局長にとっては弊社への対応よりも自らを守ることが最優先事項のようだ。
詳細は分からないが、代金確認の前に商品が相手の手に渡る一瞬の隙があったのだろう。
要するに、代金を受け取る前に商品を渡してしまった郵便局側の失態を、警察沙汰にして表に出したくない姿勢が透けて見える。
「分かりました。それではその方ともう一度お話ししてみましょう」
と、心中とは裏腹な言葉が出ていた。
いつもながら自分の人の好さ加減にうんざりする。
「えらい、おおきに!」
田丸氏の今日一番の張りのある声を聞いた。
「いやいや、どうなるか分かりませんよ」
田丸郵便局長との通話の後、再度、丹下氏の携帯電話をコールした。
「おぉ、社長、どないな感じですかっ?」
「郵便局側は、早めに商品を戻していただけたら刑事事件にするつもりはない、と言っています。ですから、まずは郵便局に商品をお戻しいただき、そして数日以内に現金を持参して引き取ってください。これで完了です」
「社長ぅ、それは難儀やわぁ」
「何か問題でもございますか?」
「それがのぉ……社長、折り入って相談があるんですわ」
この先、丹下氏が口にするであろうことにザワつくような予感しかない。
「今、引き取る金がないんですわ」
(はあっ⁉)
「それはいったい、どういうことですか?」
「入るはずの売り掛けが入らんのですわ。その金で買う予定だったんです」
(出たぁ、『ROLEX購入by捕らぬ狸の皮算用』かぁ……参るなぁ)
「左様でございますか。で、ご相談とは?」
「ワシ、明日社長さんとこに行きますわ。マンションの権利書を持って」
それにしてもなぜ、どいつもこいつも来たがるのか?
「どういうことですか?」
「ワシを信頼してください。ワシ、マンションの権利書、社長に預けますわ」
「弊社が丹下様のマンションの権利書をお預かりすることをどのように解釈すればよろしいでしょうか?」
「時計を頂きたいのですわ」
「それはさすがに難しいかと」
「そこをなんとかなりまへんか? 金が出来たら、権利書を引き取りに来ますわ」
本物かどうかもわからぬ権利書を預かり、それと引き換えにデイデイトを引き渡せ、と言っている。
理不尽極まりない。
さて、どうしたものか?
我々のように、生きていくうえで必ずしも必要ではない贅沢品を扱うことを生業としている者の顧客対応における鉄則は、
積極的な売り込みをしない。
顧客に過度な期待をしない。
感情的にならない。
顧客を崇め奉り褒め称える。
必要があればいつでも謝罪する用意をしておく、要は我々売り手にプライドは不要ということだ。
そこでふと、不穏な発想が芽生えた。
そもそもこの男、最初から購入代金など用意していなかったのではないか。
とはいえ、その疑念を今、丹下氏にぶつけることは得策ではない。
あくまでも今やるべきことは、商品代金を回収することだ。
頭の中がめまぐるしく回転する。
ここで、有効打となりそうな「一手」が降りてきた。
「丹下“様”」
「なんでっしゃろか?」
「弊社はお客様を厳正かつ慎重に選ばせていただいております。丹下様を筆頭にお付き合いさせて頂くにふさわしいお客様のみとお取引をさせていただく方針でございます。会話の過程において、失礼ながら私どもはお客様を観察、分析させていただいております。そしてわたくし、丹下様とはお目にかかったことはございませんが、この美しいデイデイトを装着するに値する人格者であると判断し、お取引に至った次第です」
「社長ぉ、ワシのこと買いかぶりすぎやでぇ」
「いいえ、全く買いかぶってなどおりません。客観的かつ冷静に判断した結果でございます。そして財力面もお話の過程で分かります。購入できない時計を発注するような無計画な方ではないと重々理解しております。いかがでしょうか?」
「まっ、まあ、そうやなぁ」
丹下氏が心地よくなりつつあることが声音からも伝わってきた。
「ご理解をいただきましたことに厚く御礼を申し上げます」


















