第11話:衝動的略奪 ~2人の逃走者~
丹下氏の購入商品は
「ROLEX 18Kイエローゴールド無垢のデイデイト 118238A シャンパン彫りコンピューターダイヤル」
「デイデイト」はROLEXのクラシックモデルにおける最高峰である。素材はホワイト、イエロー、ピンクの18Kゴールドならびにプラチナ、要は貴金属の無垢モデルである。機能的には秒分時針、デイト(日付)表示に加え12時位置に扇型の曜日表示が備わっている。
この上なく押し出しの強い金無垢のボディーに“ROLEX”の文字を凹凸に彫り込み幾何学的に配したシャンパンカラーの文字盤、通称「コンピューターダイヤル」が特徴的な、当代を代表するモデルである。
「118238A」が品番である。
数字部分がモデル系統および素材を、アルファベットはダイヤモンド、ルビー、サファイアなどの貴石の種類、配置、配分、文字盤の仕様、ベゼルの色等を示し、ROLEXの品番は体系的なものとなっている。
最初の5桁「11823」はケース径36mmのデイデイトを示す。6桁目「8」にあたる数字末尾は「0」~「9」まで※10通りあり、それぞれ素材の種類を表したものである。当該の「8」は18Kイエローゴールド無垢を意味する。
末尾のアルファベット「A」は3時と12時の位置を除く10箇所にダイヤが配置、うち6時位置、9時位置に長方形のバケットダイヤが使用されている形式を示す。(※品番末尾数字の詳細については、章末資料を参照されたい)
2000年代初頭だったかと記憶するが、本件の丹下氏とのデイデイト取引金額は代金引換郵便の取引可能上限金額にあたる200万円であった。
2026年現在においては素材や貴石のボリュームによって差異が生じるが、デイデイトの日本国内定価は600万円台からプラチナの高額モデルにいたっては1000万円の大台を優に超える。
さらに実勢の流通価格となると、文字盤や素材、希少性によっては定価を大きく上回る個体も少なくない。
丹下氏の購入時期はROLEXの購入においては「古き良き時代」であった。
そして、まるで申し合わせたかのように、時を同じくして郵便局から電話が入る。
「私、大阪の西尾台郵便局の局長をしておる田丸と申します。実はご相談がございます」
丹下氏とは打って変わり平身低頭な、か細く消え入るような関西弁である。
「代引きの荷物を強奪された件ですか?」
あえて刺激的な表現を使ってみた。
「なっ、なんでそれをご存じで?」
「つい今しがた、奪った当事者、正確には奪った人間の上司? 雇い主? から電話がありましたよ」
「どのようなお話をされたのですか?」
「だいたいの状況は把握出来ております。ですからお金を持って、謝りに行くのが良い、と伝えました。本来、郵便局さんも買い手が持参した現金と商品を同時に交換するものですよね? そちらの不注意で奪われたわけですし、これは明らかに窃盗事件ですので、警察を呼ぶなりしてそちらで解決していただきたいですね。保険で補填されるわけですから、弊社といたしましては早々にご対応いただきたいのですが、いかがですかね?」
と、尋ねたが田丸局長は歯切れ悪く
「いやぁ。例えば……奪われた、という事実はなかったことにして、お取引を完了させる方法はないでしょうか? 警察を呼ぶのはちょっと……」
(何を言っているのかな? この人は)
「何か不都合でもありますか?」
「それが……私もあと数カ月勤め上げたら定年でして……」
(おたくの保身の手助けをなんでせなあかんの?)
と、丹下氏との電話に続き、心の中で2度目の舌打ち。
「私、明日にでもご挨拶に上がりたいのですが」
「ご挨拶に来られてもですね……はるばる大阪からご足労いただく必要などないですよ」
「なっ、なんとか助けていただけないものでしょうか……」
「助けるもなにも被害者はこちらですよ」
「……」


















