松尾潔
著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

大人の恋愛を構成するものは、恋愛感情だけではない。だからおもしろい

公開日: 更新日:

 これには読者は依然として何が何だかわからない。でも語り口の妙には抗えず読むのを止めることもできない。〈女〉は〈俺〉の顔を見据えて「あなたのせいで万引きと間違えられてるの。あなたが三日も帰って来ないから」と有無を言わせぬ口調でなじる。読者の違和感は困惑へと変化するはずだ。だが不可解にも〈俺〉は〈女〉の出まかせに合わせ、夫婦を装うのだった……その謎を解こうとページをめくったが最後、ラストまでノンストップでめくり続けることになるだろう。ぼくがそうだったように。

 これが恋愛小説? まさかこのあと〈俺〉と〈女〉が恋に落ちるというのか。その答えは実際に読んで確かめていただくとしよう。ここにあるのは恋愛だけではない。夫婦が、親子が、経済が、法律が、生死が、老いが、東京が、地方が、つまり現代ニッポンがある。大人の恋愛を構成するものは、恋愛感情だけではない。だからおもしろい。

■すべての恋愛はミステリー

 中学生のぼくがミステリーと感じた夏目漱石の『こころ』は、20代で再読したら極上の恋愛小説だった。すべての恋愛はミステリーであると認めるようになったのは、30代も半ばを過ぎていたか。

 今回の出版にあたって著者が「恋愛は40歳を過ぎてからするもの」と言いきったのは何とも示唆的だ。読了後ぼくはその意味を実感し、自分の年齢を肯定する気持ちが強まった。終盤で〈男〉の言う「重なり合うもの」。それを見つける道程を人生と呼ぶことに、不都合は毛ほどもない。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

  2. 2
    香川照之「團子が後継者」を阻む猿之助“復帰計画” 主導権争いに故・藤間紫さん長男が登場のワケ

    香川照之「團子が後継者」を阻む猿之助“復帰計画” 主導権争いに故・藤間紫さん長男が登場のワケ

  3. 3
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  4. 4
    巨人・菅野智之の忸怩たる思いは晴れぬまま…復活した先にある「2年後の野望」 

    巨人・菅野智之の忸怩たる思いは晴れぬまま…復活した先にある「2年後の野望」 

  5. 5
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6
    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

  2. 7
    「つばさの党」ガサ入れでフル装備出動も…弱々しく見えた機動隊員の実情

    「つばさの党」ガサ入れでフル装備出動も…弱々しく見えた機動隊員の実情

  3. 8
    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

  4. 9
    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

  5. 10
    悠仁さまが10年以上かけた秀作「トンボの論文」で東大入試に挑むのがナゼ不公平と言われるのか?

    悠仁さまが10年以上かけた秀作「トンボの論文」で東大入試に挑むのがナゼ不公平と言われるのか?