今も脳裏に焼き付く野茂英雄の真骨頂 初めての国際戦で見せた気迫、気概に全身が震え上がった
全日本野球協会会長・山中正竹による「オリンピック野球伝道」(第2回=2020年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで、多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。
当事者として直接接してきたからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係が、ありありと浮かび上がる。
今回はあの野茂英雄氏について綴られた、全日本野球協会会長・山中正竹による「オリンピック野球伝道」(第2回=2020年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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30年以上経った今も、脳裏に焼き付いている。
ソウル五輪日本代表のコーチを務めていた1988年、8月23日から9月7日にかけて、イタリアで12カ国が参加して行われた第30回世界アマチュア野球選手権を戦った。2週間後にソウル五輪本番を控える中、私は20歳になったばかりの野茂英雄(新日鉄堺)に、彼の真骨頂を見た。
同年の都市対抗と選考合宿を経て日本代表入りした野茂にとって、初めての国際大会。予選リーグを4位で終えた日本は、9月6日の決勝リーグ初戦で同1位のキューバと再戦した。その試合の先発を野茂に託した。


















