「チュコトカ始まりの旅」後藤悠樹著

公開日: 更新日:

「チュコトカ始まりの旅」後藤悠樹著

 書名のチュコトカは、ユーラシア大陸最東端の半島の名前。

 ベーリング海峡をはさんだ対岸のアラスカをフィールドにしていた写真家で探検家の星野道夫氏は、1996年にこの地を訪れ、写真を撮り、日記をつづっている。しかし、その直後に訪れたカムチャツカ半島で命を落としたため、その作品は未完に終わった。

 少年時代から星野氏の作品に触れて育った著者は、星野氏の旅の続きを眺めてみたいと思い続けてきた。しかし、アメリカとの国境地帯でロシア領であるチュコトカ(チュコト自治管区)への入域は困難を極め、計画は遅々として進まなかったが、人との出会いがきっかけとなり2016年夏、ついに現地への渡航が実現する。

 本書は、その旅をつづった日記と写真で構成したフォト紀行。

 8月2日、日本を発った著者はハバロフスクからチュコト自治管区の中心都市アナディリに向かう。旅の目的はただひとつ、星野氏の関係者から託された1枚の写真を、ある一家に届けること。その一家とは、星野氏が20年前に訪ねた時に撮影した先住民のミーシャさんとその家族だ。

 ミーシャさん一家が暮らす家は、アナディリから荒れるベーリング海を船で27時間も移動して到着するプロヴィデニヤから、さらに車で移動して小さな浜から出るボートに乗り換えて渡った先にある、海に面したヤンラキノットという小さな村にある。

 常に何が起きてもおかしくない状況に不安を感じ、緊張しながら旅をする著者に、宿や乗り合わせた先住民たちの誰もが、親しげに接し、優しくしてくれる。

 そうしてようやく到着したヤンラキノットの国境警備隊の事務所で書類審査を受けていると、そこに写真よりも20年分、年を取り、ちょっとふっくらしたミーシャさんが現れた。

 日本を出て8日間が経っていた。

 行く先々で出会った人々と時を過ごし、少しずつ目的地に近づく旅の様子とその風景。

 さらにツンドラの大地で暮らすミーシャ一家と過ごしたかけがえのない日々をつづる。

 そこは冬にはマイナス50度を下回るという過酷な土地だが、夏には大地がさまざまな植物に覆われ、そのパッチワークのような美しさにしばし見ほれる。

 そんな大地のあちらこちらに海獣たちの骨が転がり、中には巨大な鯨頭骨がオベリスクのようにそそり立つ。

 滞在最終日、星野氏と同じように一家の写真を撮影する。この写真を届ける日が来ることを思いながら。

 さらに帰途には、旅の途中で知り合ったオーリャが暮らすエスキモーの村、ノーヴォエ・チャプリノに立ち寄り、彼女の一家とも数日を過ごす。

 ロシアによるウクライナ侵攻によって入域がますます困難になってしまった当地の人々の暮らしを伝える貴重な一冊。

 かつて星野氏の著作に導かれ、著者がこの地にあこがれ目指したように、この書を手にして海を渡っていく人が現れ、それが可能になる日のことを著者は願ってやまない。

(柏書房 2200円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    U18高校代表16人の全進路が判明! プロ志望7人、早大&青学だけで計4人、社会人は2人

  2. 2

    「タンス預金2000万円」相続税はどうやってバレる? 税務署が追う“亡き親の出金”

  3. 3

    巨人“37歳大物トリオ”の来季はどうなる?「田中将大は楽天に帰すのでは」の見立てまで

  4. 4

    中学時代をジャージーで過ごした鈴木奈穂子が、法政大女子高から大学に内部進学してNHK人気アナになるまで

  5. 5

    田中将大が楽天を去った本当の理由…退団から巨人移籍までに俺とした“3度の電話”の中身

  1. 6

    小川晶市長の“ラブホ密会”はなぜ許されたのか? 《前橋の有権者の感覚疑うわ》との批判も

  2. 7

    北島三郎(4)「毎日が目標です。後ろへは戻れない」 地元・八王子のイベントで生涯現役宣言

  3. 8

    佐藤輝明「三冠王」なら年俸いくら? メジャー流出阻止へ阪神が用意する破格の条件

  4. 9

    WEST.重岡大毅の結婚にファンの怒りと落胆…“祝福されないアイドル”がやらかす「3つの誤算」

  5. 10

    高市内閣“小幅”改造の真の目的…首相は「挙党体制」を建前に党総裁選のライバル潰しに虎視眈々