中森明菜復帰への歩みを見守る スージー鈴木さんの思い「もっと音楽そのものを語ったれよと」

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LONELINESSではなくSOLITUDE

 ──「DESIRE-情熱-」の♪ゲラ、ゲラ、バーニングラーーの「ラーー」の部分ですね。

 野球のピッチャーでいえば地肩の強さ。抜群の声量は圧倒的球速のストレートです。しかも、彼女は多彩な変化球と配球を磨きあげた。まさに変幻自在、千変万化の声色で、さまざまな歌の世界を創り上げ、一曲一曲、違う役を演じています。その点は、彼女がリスペクトする沢田研二のパフォーマンスと共通しています。当時は歌番組の黄金時代。2人の歌うシーンは他の歌手とは温度が違った。それこそ古いけど、ブラウン管の中で独特の世界観を築き上げていた。ちなみに、2人とも蟹座のA型です。

 ──80年代前半のジュリーも明菜も若い才能を積極的に登用しました。

 とりわけ明菜は「光合成」が上手。アルバムでは忌野清志郎の曲まで歌っていますが、強烈な異種の光を浴び、自身の栄養にしてしまう。類いまれな才能の持ち主です。

 ──85年のシングル「SOLITUDE」。著書ではこのタイトルにスポットを当てています。

「積極的な孤独」を意味し、「LONELINESS」の「消極的な孤独」と異なる。まさにファンが期待した明菜像です。作詞は湯川れい子。英語が堪能な方だけに当然、彼女の孤高なイメージを意識したのでしょう。明菜が私の造語「アーバン歌謡」を開拓したのも、この曲です。最近はやりの「シティーポップ」という言葉を彼女の曲に当てはめると、どうも収まりが悪い。都会に住む自立した女性の疲労感を歌っても、酒とたばことセックスの香りにうっすらと包まれている。ムードは歌謡曲的です。シティーポップが「昼の明るさ」なら、アーバンは「夜の世界」。

 ──なるほど。

 そんな特異な曲調に彼女は安住せず、挑戦と実験を重ねて、やがて「踊れる」「盛り上がる」といった大衆音楽の機能性をも削ぎ落とした。自分が求める音楽を突き詰めていったのが、この時代の明菜のすごみです。90年のシングル「水に挿した花」が、音楽的にはひとつの到達点。純粋な美しさを追求した「純粋音楽」と言える傑作です。

 ──クラシックを想起させる曲調は「商業性」を感じさせないほどです。

 それでも34万枚を売り上げ、オリコン1位になったのは日本音楽史上の奇跡。サブスク世代にも、ぜひ聴いて欲しいです。

■ツッパリのイメージを是正したい

 ──それにしても、なぜ「中森明菜の音楽」はここまで語られてこなかったのでしょうか。

 昭和の時代には「アイドルはかわいけりゃいい」と楽曲を軽視する風潮がありました。あと「少女A」のイメージがあまりにも強烈すぎた。「1/2の神話」「飾りじゃないのよ涙は」と続く、いわゆるツッパリ路線。今なお、その印象で語られることが多い。懐かしの歌謡曲特集番組でもツッパリ路線に続き、「DESIRE」で終わってしまう。それ以外の曲は、まず紹介されません。

 ──ある意味、不幸な時代に全盛期を迎えてしまったとも言えます。

 80年代前半、デビュー後わずか4年程度の有名曲だけでなく、もっと多くの曲をみんなに語って欲しい。その後のキャリアの方が圧倒的に長いのだし。私が評論時に心がけるのは「音楽の新しい楽しみ方」を広げること。「ここもいいよね」と別の見方を伝えたい。「水に挿した花」という不思議な曲を推すのには、彼女への偏った見方を是正したい使命感もある。若い世代に「ツッパリ明菜」だけが伝播するのは「もういいでしょう」と。ただ、自分の意見が絶対とも思いません。いろんな明菜の音楽論があっていい。彼女の真価はまだ語り尽くされていないのですから。

 ──ところでスージーさんは55歳で早期退職するまで、会社員と音楽評論家の二足のわらじを履いていました。

 会社員をメインにしてもサブのカルチャー生活を諦めない「サブカルサラリーマン」でした。フリー転身後も会社員なら当たり前の事務処理能力は役立っており、定期収入を得ていたからこそ買えた大量のCDや本は「武器」です。給料を死ぬほどカルチャーに使ったので、国会図書館に行かずとも本が書けます。今でも会社員ならカルチャーを諦めなきゃという風潮は残っていますが、会社員の自分を絶対化するのはもったいない。働けば働くほど給料も上がり、会社員としての1人目の自分が幸せになれた頃ならともかく、今の時代は欲張って趣味や育児など2人目、3人目の自分を持つ方が絶対に楽しく生きられます。

 ──最後に今後の目標を聞かせてください。

 来年は中森明菜、再来年は小泉今日子、そして私が還暦を迎えます。それまでに何かひとつ、自分の誇れる仕事ができればいいですね。

(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)

*この記事の関連【動画】もご覧いただけます。

▽スージー鈴木(すーじー・すずき) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。早大政治経済学部卒業後、博報堂に入社。在職中から音楽評論家として活動し、10冊超の著作を発表。2021年、55歳になったのを機に同社を早期退職。今年は「〈きゅんメロ〉の法則」「サブカルサラリーマンになろう」を相次いで刊行。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。ラジオDJとしても活躍中。

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