長渕剛に醜聞ハラスメント疑惑ラッシュのウラ…化けの皮が剥がれた“ハダカの王様”の断末魔
「もともと彼(長渕)は吉田拓郎に憧れてフォークに目覚め、シングル『雨の嵐山』で1977年にビクターからデビューしたのですが、鳴かず飛ばずで一度九州に戻り、再び上京し芸能雑誌やアイドル雑誌に載るようになったのが1979年ごろ。ご一行で電車に乗り込んできた当時の姿を覚えています。痩せて、髪を伸ばし、年上の女性から『剛ちゃん、剛ちゃん』と過保護の子どものように扱われていました。その後、やたらと筋肉をつけ、サングラスをかけて、格闘技関連と親しくしていることを誇示するようになったのを見て、気の弱さやコンプレックスの裏返しだろうと周囲は見ていました」
それでも、売れっ子であればチヤホヤされるのが芸能界である。
「ドラマや映画で女優さんと共演していた1990年代ごろ、インタビューで『その都度本気で好きになっちゃうんだよね』と話していました。フジテレビの『上納文化』が問題視されましたが、似たような接待があったり、要望が飛び交っていた時代でした」(同)
■オトコらしさは虚勢、肝心の歌の熱量もダウンでファン離れが加速中