「第三紀層の魚」田中慎弥著
「第三紀層の魚」田中慎弥著
小学4年の信道は、学校から帰ると塾通いの同級生たちを尻目に、自転車で赤間関(下関市)のドックへ急ぐ。チヌ(クロダイ)を釣るためだ。
彼はまだチンチン(チヌの幼魚)しか釣ったことがない。
父は6年前に亡くなり、母がパートで一家を支えている。釣りは“ひい爺ちゃん”から教わった。
きょうもドックへ通うが獲物は雑魚ばかり。
そんなある日、母の仕事の都合で東京へ引っ越すことが決まる。また、寝たきりだったひい爺ちゃんが亡くなって気落ちするが、不思議と涙は出なかった。
信道は、もうこの海で「チヌを釣るとしたらいまが最後だ」という晩秋の午後、いつものドックで竿を出す。
すると、長い竿の先が大きく曲がった。渾身の合わせをくれる。
「ゴツゴツゴツという大きな手応え」「経験したことのない重み」「リールはなんとか巻ける」「もうすぐ銀色の体が見えてくる」
ところが、水中から姿を現したのは……。
やがて、母子は東京へ引っ越して行く。閉塞感漂う海峡の港町で、大人への階段を上り始める寸前の多感な釣り少年の物語だ。
(集英社文庫「共喰い」に収録)



















